セントジョーンズワートの鬱に対する有効性
はじめに
私は精神科医として複数の医療機関で診療に携わっています。ハーブの専門家ではないのですが、以前手がけた総説論文が縁で寄稿の依頼があったため、この欄を担当させていただくことになりました。セントジョーンズワートという ハーブの効能や注意点について説明いたします。
セントジョーンズワートの概要
セントジョーンズワートは英語で書くとSt. John’s wort、学 名 Hypericum perforatumで、本邦ではセイヨウオトギリソウとも呼ばれています。黄色い花を咲かせる根茎性の多年草で、ヨーロッパやアメリカの草地で自生し、 欧州では聖ヨハネの誕生日である6月24日に収穫される風習があったことよりその名がついたハーブです。
セントジョーンズワートの歴史は古く、医学的利用の最初の記録は古代ギリシアにまで遡り、“医学の父”ヒポクラテスの文献にも記載があります。ドイツでは伝統的医薬品であり、軽度の鬱(うつ)、すなわち「気分の落ち込み」への効果(抗うつ効果)があるメディカルハーブとして愛好されています。医療用としては錠剤として服用されること多いのですが、ハーブティーなどの嗜好品としても長い間親しまれてきました。
本邦では医薬品として認可されておらず、「食品」として市販されており、その抽出物は一般の薬局などで購入することができます。本稿の執筆にあたり、私も大手のインターネットの通販で市販品をいくつか買い集めてみましたが、ティーバッグやカプセルが服用しやすそうです。ハーブティーの味わいとしては、軽い苦味があるくらいで特にクセはなく、平均的な野草の味わいに近いフレーバーかと思われます。 私はデスクワークで疲れた時の気分転換に愛飲しています。
抑うつ症状への効能
うつ病(大うつ病性障害)は持続的な気分の落ち込み(抑うつ気分)や意欲減退などの精神症状、不眠や食欲低下などの身体症状が特徴の精神疾患です。2000年頃の製薬会社主導の「心の風邪」キャンペーンで一般にも広く知られるようになりましたが、「心の電池切れ」と例えられ ることも多く、脳の機能異常により、活動するためのエネルギーが枯渇したような状態です。発症年齢は様々で、生活上のストレスがきっかけになることが多く、女性が男性よりも2倍近く発症しやすいことが知られています。本邦で2013年~2015年に行われた 大規模調査では、うつ病の12カ月有病率(過去12カ月にうつ病を経験した者の割合)は 2.7%、生涯有病率(これまでにうつ病を経験した者の割合)は5.7%でした。この数値は10年前と比べても大きく変わってはいません。欧米に比べると有病率は低く、アジア圏全体との比較では同程度となっています。世界的にうつ病は女性、若年者に多いとされますが、日本では中高年でも頻度が高いのが特徴で、社会経済的影響が大きいとされています。
このうつ病に対するセントジョーンズワー トの有効性については、近年科学的な手段によって検証されたエビデンス(根拠)がいくつも示されており、医学的なエビデンスの信頼性が最も高いとされるコクランレビューにも報告があります。臨床試験で一般的に用いられるセントジョーンズワート抽出物の投与量は300~1,800mgを1日量として1回~3回に分けて使用され、多くは錠剤の内服を用います。これまでに報告された大規模研究やメタ解析から判断すると、軽症から中等症のうつ病に対し、セントジョーンズワートには標準的な抗うつ薬(選択的セロトニン再取り込み阻害薬 /SSRI、三環系抗うつ薬)と同等の有効性が期待できるとされています。ただし、研究報告がドイツ語圏からのものに偏っているという問題や、製品の統一性の問題(各製品の成分の含有量のばらつき)が指摘されており、十分に確立されたエビデンスとはいえない点には注意が必要です。
ドイツでは軽症から中等症のうつ病の治療薬としてセントジョーンズワートが公的に認可されており、SSRIなどの標準的な抗うつ薬より広く処方されています。ただし本原稿を執筆している2019年7月時点でも、米国の食品医薬品局(FDA)ではセントジョーンズワートを医薬品として承認しておらず、地域ごとに評価の差があるという点には注意が必要です。
成分
セントジョーンズワートに含まれる成分は 150種類以上あり、精神症状に対する臨床効果がどの成分に由来するかは諸説ありますが、現在、主に抗うつ効果を発揮すると推定されているのはヒペルフォリンです。ヒペルフォリンは脳内の神経活動においてセロトニン、ドパミン、ノルアドレナリン、γ-アミノ酪酸(GABA)、グルタミン酸の取り込みを阻害することが示されており、それが抗うつ効果の主要な作用機序となっていると考えられています。ただし一方で、ヒペルフォリンを含まないセントジョーンズワート抽出物もまた抗うつ作用を示すという報告もあり、フラボノイドやタンニンのような他の生理活性物質が関与している可能性も示唆されています。
私の個人的なイメージですが、脳内のセロトニンが増幅されることで、精神的な安らぎや穏やかさがもたらされるように思われます。同じくセロトニン系に作用するSSRIという薬剤はうつ病、不安障害、月経前症候群(PMS)などに対して用いられており、脳内のセロトニン濃度を高めることで不安や焦燥感、抑うつ症状への効果が期待できると考えられます。
使用上の注意点
セントジョーンズワート使用の注意点として第一に挙げられるのは、他の薬剤との相互作用がある点です。多くの医薬品の添付文書に併用禁忌あるいは併用注意として「セイヨウオトギリソウ含有食品」と記載されており、これはセントジョーンズワートのことを指しています。含有成分のヒペルフォリンは腸管や肝臓においてシトクロームP450酵素(CYP3A4) やP糖タンパク質を誘導し、他剤の代謝を促進させることが知られています。つまり、セントジョーンズワートと一緒に飲んだ薬剤が体内から失われるのが早くなってしまうために、同時内服した薬剤の本来期待されている効果が減弱してしまいます。セントジョーンズワートが併用した抗HIV薬や免疫抑制薬の薬効を減弱させるという報告があり、2005年に厚生労働省からも公式に注意喚起されました。他剤との併用については「医療機関とよく相談して」と書いてありますが、持続的な服用を要する薬剤(移植後の免疫抑制剤など)を使用している人は、セントジョーンズワー トを服用しないほうが無難かと思います。
セントジョーンズワートの忍容性は一般に良好であり、従来の抗うつ薬よりも副作用は少ないとされていますが、妊婦や子どもに対する安全性が確立されていない点にも注意が必要です。頻度は少ないのですが、便秘などの消化器系の症状、口渇感、眩暈、倦怠、不安、疲労感、鎮静、光過敏性による皮膚障害が報告されています。妊娠中、授乳中、強い光線にあたる状況、褐色細胞腫には使用禁忌になっていることにも注意が必要です(人工妊娠中絶薬として使用されていた歴史もあり、妊娠女性との相性はよくないようです)。
また、うつ病は生物学的な異常を基盤とした精神疾患であり、その基本的な治療は休息と薬物療法になります。精神的な不調が続き、メディカルハーブを用いたセルフメディケーションによる改善が認められない場合には、医療機関を受診することをおすすめします。市販のハーブティーやサプリメントは使用法によっては有用ですが、安易に医学的な治療効果を期待しないよう注意が必要です。
まとめ
セントジョーンズ ワートはうつ症状に有効なメディカルハーブとして古くから親しまれており、市販品として比較的容易に手に入り、ある程度の抗うつ効果が確認されています。ただし、他の薬物との相互作用や副作用には注意が必要です。適切に使用することで、気分のリラックス効果が期待できます。
参考文献
- 石川華子、川上憲人:【変わりゆくうつ病-診断と治療の現在-】世界と日本のうつ病の疫学. 精神科治療学34 巻1号 2019年1月
- 川上憲人(主任研究者):精神疾患の有病率等に関する大規模疫学研究:世界精神保健日本調査セカンド総合研究報告書,2016.
- Linde K, Berner MM, Kriston L (2008). “St John’s wort for major depression”. Cochrane Database Syst. Rev. 4: CD000448. PMID 18843608.
- セントジョーンズワートの大うつ病性障害に対する有効性: 最新のエビデンスと限界 高信 径介, 田中 輝明. 臨床精神薬理 第19巻第7号. 2016年7月
初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第49号 2019年9月