2021.1.18

比較的新しい日本民間薬のアマチャ(甘茶)

京都薬科大学 名誉教授

吉川雅之

メディカルハーブは自然からの贈り物 5

アマチャ(ガクアジサイの仲間)

はじめに

日本には『古事記』や『日本書紀』、『風土記』などの記載から固有の薬物と加持、祈祷も含めた独自の医療システムが存在していたと考えられます。しかし、中国の優れた医薬学が導入されると日本固有の医療システムは失われましたが、幾つかの治療法が庶民による治癒経験や使用体験を経て生活の中に深く溶け込み伝承されてきました。今日の日本において民間療法で用いられる生薬を日本民間薬とか和薬(ジャパニーズ・メディカルハーブ)と呼びます。ゲンノショウコ(現の証拠)、センブリ(千振り)、ドクダミ(毒矯み)などの日本民間薬は、家庭薬や生薬製剤だけでなく、化粧品や機能性食品としても幅広く用いられています。ここでは比較的新しい日本民間薬のアマチャ(甘茶)をご紹介します。

長野県黒姫でのアマチャ栽培

“甘茶でかっぽれ、塩茶でかっぽれ…”

幕末から明治にかけて流行した俗謡ぞくよう「かっぽれ」の囃子詞はやしことばの一節にあります甘茶は、ユキノシタ科アジサイ属の落葉低木であるアマチャ(Hydrangea macrophylla var. thunbergii) の葉部に発酵などの加工処理を施して作られる生薬で、数少ない日本特産の伝承薬物の一つです。アマチャは、江戸時代にガクアジサイの一種であるヤマアジサイから甘味のある成分を含む変異株として民間で発見されました。アマチャの葉はそのままでは甘くなくて、むしろ苦く感じられます。しかし、葉を揉んでしばらく置いて発酵させますと徐々に甘くなってきます。甘茶の甘味成分フィロズルチンは、砂糖の400〜800倍の甘味を有しますが、新鮮な葉には甘くない配糖体の形で含まれています。葉を揉んで細胞を潰して酵素に接すると配糖体が加水分解されてフィロズルチンが生成して甘くなります。甘茶は日本薬局方に収載され、甘味料として口腔清涼剤に配剤される他、化粧品や味をまろやかにする塩慣れ効果もあって味噌や醤油などの製造にも使われます。しかし、甘茶の生産は、合成甘味料の使用中止に伴う一時的な増産の後、年々減少しており、今日では契約栽培等で長野県(黒姫地区)や岩手県(九戸村)、富山県などで生産されています。一般には灌仏会などの仏教行事で使われることで知られています。灌仏会では、色々な花で飾った花御堂はなみどうの中に安置した誕生仏に柄杓で甘茶の煎じ液をかけてお祝いします。この行事は、お釈迦様の生誕時に産湯のために9匹の竜が天から甘露の雨を降り注いだとの伝説に由来します。

1:長野県黒姫アマチャの刈り取り(10月)
2:アマチャ葉部の乾燥
3:洗い
4:揉捻処理(発酵)
5:乾燥処理
6:選別(非薬用部分の除去)

アマチャの新しい生体機能

甘茶は肌によいと民間的に伝承されており、浴剤に配合される他、江戸時代に大奥の奥女中が膚治療に甘茶を塗布または飲用したとも伝えられます。それで、筆者らは甘茶に皮膚への効果など甘茶の新しい機能の解明研究を実施しました。その結果、甘茶エキスに

1抗アレルギー作用(I型アレルギーモデルであるラット受身皮膚アナフィラキシー(PCA)反応の抑制作用、受動感作モルモット摘出気管平滑筋標本の抗原チャレンジによる収縮反応の抑制作用およびラット腹腔肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制作用)

が認められ、ツンベルギノールA〜Fと命名したジヒドロイソクマリン成分など多数の活性成分を明らかにしました。

また、甘茶エキスやジヒドロイソクマリン成分などに

2歯周病原因菌に対する選択的抗菌活性

3トコフェロールやBHAよりも強い抗酸化作用(ラジカル消去活性およびリノール酸の酸化抑制作用)

4胃粘膜保護作用(塩酸およびエタノール誘発胃粘膜損傷の抑制活性)

5利胆作用(胆汁分泌促進作用および摘出回腸におけるセロトニン収縮の抑制作用)

などを見出しました。さらに、アマチャの乾燥葉の含有成分を精査し、多種のジヒドロイソクマリン配糖体を単離して構造を明らかにすると共に、高速液体クロマトグラフィーを用いた定量分析法を開発して、甘茶の発酵過程を化学解析しました。その結果、生薬の甘茶の機能性成分がアマチャ葉の発酵過程において加水分解などによって生成することを証明できました。これらの知見は甘茶の有用性を高め、その利用展開に資すると考えます。

おわりに

2010年に神奈川県にある大刹たいさつの花祭りで、甘茶を飲んだ小学生の多くが嘔吐する事件が起こりました。同様な中毒事件は他でも起こっておりましたが、原因は不明のままでした。筆者らはアジサイ葉の食中毒の原因物質として種々の青酸配糖体を発見しておりましたので甘茶についても検討しましたが、甘茶からは青酸配糖体は見つかりませんでした。子どもたちと同様に嘔吐した教職員の話では、飲んだ甘茶の煎じ液は濃くて非常に苦かったとのことで、発酵不十分な甘茶の濃い煎じ液を子どもに飲ませたことが原因と考えられます。江戸時代に作り出された甘茶は、古い歴史のある生薬の中ではまだ薬用や食用の歴史が浅いので、薬効や安全性についてさらに詳しい検討が必要だと思います。

京都薬科大学 名誉教授
吉川雅之 よしかわまさゆき
当協会顧問。1976年大阪大学大学院薬学研究科修了(薬学博士)後、同大学助教授、ハーバード大学化学科博士研究員、京都薬科大学教授を経て、現在同大学名誉教授。日本薬学会奨励賞、同学術貢献賞、日本生薬学会学会賞など受賞。日本生薬学会会長、日本薬学会生薬天然物部会長などを歴任。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第48号 2019年6月