チガヤとツバナ『茅花抜く 浅茅が原のつぼすみれ 今盛りなり 吾が恋ふらくは』
はじめに
畑の土手に生えている銀色に輝く穂をツバナと教えられた。この穂をかむと甘いと感じた。この銀色の穂が、滑走路のわきの草原にたなびいているのをよく見かけた。ツバナはチガヤの花であった。ツバナとは地域の方言だと思っていたら、根茎が薬であり、穂も薬であると知らされた。根茎を日本薬局方ではボウコンという。小野蘭山『本草綱目啓蒙』(1806年)には、若い穂をツバナ(茅花)といい、甘みがあり、子どもが食べると記載されていた。古代の日本では、チガヤの野原は大和の原風景で、古名はチ(茅)であり、花穂はチバナまたはツバナとも呼ばれ、万葉集には『茅花(つばな)抜く 浅茅が原の つぼすみれ 今盛りなり 吾が恋ふらくは』と詠われている。
形態
根茎は長く地中を匍匐する。白色。稈は直立し、高さ30〜80cm、やや細く、硬く、節に毛がある。葉は線形で、長さ20〜50cm、幅7〜12mm、鋭尖頭、基部は細まり、粗渋、扁平、葉舌はせん形で短い。葉縁や葉先が赤くなることが多い。鞘は平滑にして往々長毛あり。花穂はとび出て、銀白色、長さ10〜20cm、円柱形、枝は短く、疎に白色の長毛がある。小穂は長さ3.5〜4.5mm、披針形にして鋭尖頭、無毛、鋭頭で、基部に長さ約12mmの銀白長毛叢あり、成熟すると白銀色の穂となる。イネ科植物には花びらがなく、頴になっている。頴は披針形にして、鋭尖頭、膜質、少数の脈がある。雄蕊は2個、長さ2.5〜3mm、柱頭は黒紫色、細長い。稈の節に毛なきものはケナシチガヤである。チガヤは、茎の節に毛のあるフシゲチガヤ(Imperata cylindrica var. koenigii)が国内に広く分布している。母種(Imperata cylindrica)は、欧州、小アジア、北アフリカに分布し、節に毛がなく、小穂がやや大きく、柄がほとんどないことで区別される。
薬効
中国では、李時珍の『本草綱目』に茅の種類について「白茅、菅茅、黄茅、香茅、芭茅の数種があり、葉はすべて似ている」と記している。これらのうち生薬として利用されるのは白茅で、穂になった白花を開き、根ははなはだ長く、柔らかい。中国では他の茅類と区別するために、「白茅根」あるいは単に「白茅」と称されている。「白茅根は味が甘く、能く伏熱を除き小便を利す。故によく諸血、咽逆、喘急、消渇を止め、黄疸、水腫を治するのに良い」と記されている。この内容が江戸時代の民間薬に応用されたと思われる。
民間薬では、主に利尿、止血、発汗剤に使用され、詳細は
「1.茅根の煎じた液は吐血、鼻血、黄疸や水膨等の利尿薬となり、消渇を治し、発汗・鎮咳の薬として喘息にも良いと云う。利尿薬には、赤小豆を加へ、発汗剤には生姜を加えると、尚よく効くと云う。2.モグサと共に煎じ服用すれば、婦人の白帯下(こしげ)に良いという。3.氷砂糖と共に煎じ服用すれば、感冒の発汗・咳止めによく効く。4.吐き気ある胃病には茅根とアシの地下茎を水煎して服用すればよい。5.穂を切り傷、灸瘡につければ、血はとまり、痛みを去る。6.穂を煎じて服用すれば、百日咳・感冒を治す。茅根ならば氷砂糖を混ぜて煎じ服用すればよい。7.月経を調えるには、地下茎を服用するとよい。」との記載がある。
成分
根茎の成分はトリテルペノイドで、シリンドリン、アルンドリン、シミアレノール、イソアレボレノール、フェルネノールなどである。糖類は、フルクトース、グルコース、蔗糖が含まれる。無機のカリウム塩も含まれている。
おわりに
根や花穂が甘いといわれているので、薬草園の根茎を掘り取るとわずかな甘味があった。花穂を摘んで、なめるように食べると、柔らかく口触りがよかった。チガヤの和名は、深江輔仁『本草和名』(918年) の茅根に「和名:知乃祢/ちがや」また、源順『倭名類聚抄』(934)の茅に「和名 : 智/ち」、『本草綱目啓蒙』に「チ、ハクウサウ、チガヤ、オモヒグサ、アサヂ、ミチノシバグサ、ツンバネ、カニスカシ、ツバ、ツバウバナ」の記載がある。
初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第48号 2019年6月