カモミールの植物学と栽培 世界各国に多数存在する “カモミール”と名のつく植物
カモミールと名のつく植物は、いずれもキク科に属し、Matricaria(マトゥリカリア)属やChamaemelum(カマエメルム)属、Cladanthus(クラダントゥス)属など数属に分かれて存在します。マトゥリカリア属には25種、カマエメルム属には4種、クラダントゥス属には5種の植物が分類されていますが、そのうちカモミールと名のつく香りのあるハーブはマトゥリカリア属で2種、カマエメルム属とクラダントゥス属ではそれぞれ1種のみです。
カモミールの仲間は特に分類が難しく、属の再編などによって学名が変わり、同属とされていたものが別属になったりするケースがみられます。学名にはシノニム(異名)があるのが一般的ですが、ジャーマンカモミール(Matricaria chamomilla L.)はかつてMatricaria recutita L.やChamomillarecutita (L.) Rausch.などの、ローマンカモミール(Chamaemelum nobile(L.)All.)はAnthemis nobilis L.などの学名があてられており、これらのシノニムが現在でも用いられることがあります。ここでは、学名はThe Plant List(※1)に従っています。
日本においては、ティーではジャーマンカモミール(カミツレ)が一般的ですが、ガーデニングではローマンカモミール(ローマカミツレ)が人気です。
ドイツではコミッションEモノグラフ(※ 2)で、ジャーマンカモミールを薬用として認定していますが、ローマンカモミールは非認定です。
イギリスではローマンカモミールが一般的で、English camomile(※3)やground apple(大地のりんごの意)などと呼び、ジャーマンカモミールをsweet false camomile(甘い偽のカモミールの意)やscented mayweed(香る5月の雑草の意)と称したりします。
フランスではローマンカモミールの八重咲き品種であるダブルフラワーカモミール(Chamaemelum nobile (L.)All. ‘FlorePleno’)が一般的で、ティーでも人気です。
医療大国ドイツでジャーマンが、園芸大国イギリスでローマンが、芸術大国フランスでダブルフラワーが人気なのは、なんとなく納得できますね。
これら2種以外にも下表に示すようなカモミールがあります。
【 注釈 】
(※1)The Plant List : ロイヤルボタニックガーデン・キューとミズーリボタニカルガーデンが共同で作成した植物の学名のデータベース。学名の世界標準作りの役割を担っている。
(※2)コミッション E モノグラフ : ドイツ保健省の委員会でまとめた薬用植物の評価などに関する論文。
(※3)camomile : カモミールは米語でchamomile、英語でcamomileと綴る。
名称 ジャーマンカモミール
別名 カミツレ
学名 Matricaria chamomilla L.
原産地 ヨーロッパ
性状 一・二年草
花の特徴 管状花は黄色、舌状花は白色。初め偏平で次第に花托が盛り上がり、舌状花が反り返る。花托内部が中空に。
香り・利用 茎葉は甘く干し草のような香り、花はりんごのような香り。精油にカマズレンを含む。主にティーや精油を利用。
名称 ローマンカモミール
別名 ローマカミツレ
学名 chamaemelum nobile(L.)All.
原産地 西ヨーロッパ
性状 多年草
花の特徴 ジャーマンによく似ているが、花托内部は中空にならない。ダブルフラワーは八重になる。ノンフラワーは開花しない。
香り・利用 全草がりんごのような香りで、グランドカバーに利用。ティーや精油での利用も。
名称 ワイルドカモミール
別名 コシカギク
学名 Matricaria discoidea DC. M. matricarioides (Less.)Porter
原産地 アジア北東部
性状 一・二年草
花の特徴 舌状花がなく、花托が円錐形に盛り上がり、花托内部が中空に。
香り・利用 ジャーマンに似た香り。
名称 モロッコカモミール
別名 ワイルドカモミール
学名 Cladanthus mixtus(L.) Oberpr. & Vogt
原産地 地中海沿岸
性状 一・二年草
花の特徴 ローマンに似ていて、花托内部が中空にならない。管状花の黄色が鮮やか。
香り・利用 甘く干し草のような香り。カマズレンを含有する精油を利用。
名称 ダイヤーズカモミール
別名 コウヤカミツレ
学名 Cota tinctoria (L.)J.Gay
原産地 地中海沿岸
性状 多年草
花の特徴 管状花、舌状花ともに黄色が特徴。希に舌状花の白色のものがある。
香り・利用 葉に刺激臭。花はほとんど香らない。黄色い花を染色に用いる。
名称 コーンカモミール
別名 キゾメカミツレ
学名 Anthemis arvensis L.
原産地 地中海沿岸
性状 一・二年草
花の特徴 ローマンに似て花托が円錐形に盛り上がり、花托内部が中空にならない。
香り・利用 キクの香り。
名称 スティンキングカモミール
別名 カミツレモドキ
学名 Anthemis cotula L.
原産地 ヨーロッパ
性状 一・二年草
花の特徴 ローマンに似て花托が円錐形に盛り上がり、花托内部が中空にならない。
香り・利用 不快な香り。牛が食べると牛乳が臭くなるので、放牧地で嫌われる。
名称 ケープカモミール
別名 アフリカンカモミール
学名 Eriocephalus punctulatus DC.
原産地 南アフリカ
性状 多年生小灌木
花の特徴 他のカモミールと似ていない。管状花は赤紫で少ない。舌状花は白色で先端が3裂。
香り・利用 りんごのような香りで、カマズレンを含有する精油を利用。
形態
葉や花の形に類似性をもつカモミール類の植物
キク科に共通の形態として、いずれも直根で、抽台するまではロゼットを呈していて、地際の短縮茎から根出葉を出しています。花芽分化して抽台すると花茎を伸長させて開花します。花は茎の先端につく頭状花序です。頭状花序はたくさんの小花からなる複合花で、中心部には管状花が集まり、周囲には舌状花が広がって花を大きく見せています。中心部の管状花はケープカモミール以外黄色です。また、周囲の舌状花はダイヤーズカモミール以外白色です。なお、ワイルドカモミールにはタンジーのように舌状花がありません。カモミール類のような黄色い管状花と白い舌状花をもつ植物は他にもたくさんあり、区別が難しいものも少なくありません。ディオスコリデスやガレノスの記載しているカモミールは、Anthemis(アンテミス)属や Leucanthemum (レウカンテムム)属ともいわれており、昔から混乱していたことがうかがえます。
花の中央部の花托部分は、開花直後は平らですが、次第に盛り上がり、舌状花が反り返ります。
ジャーマンカモミールとローマンカモミールの花の形態的な違いは、その花托の盛り上がった部分を2つに割ると分かります。中が中空なのがジャーマンカモミールで、中空でないのがローマンカモミールです。
一般に種子と呼んでいる部分は植物学的には果実で、大変小さいですが、その中に種子があります。キク科やセリ科のように、果肉が乾燥して種皮のように見える果実を痩果といいます。
成分と効能
中薬でも疼痛を鎮める植物として使用されるカモミール
ジャーマンカモミールの成分には、フラボノイド(アピゲニン、ルテオリン)、マトリシンなどが含まれます。精油成分には、 α-ビサボロール、カマズレンなど。消炎、鎮静、鎮痙、駆風などの作用があります。
ローマンカモミールの成分には、カマメロサイド、タンニンなどが含まれます。精油成分には、アンゲリカ酸エステル、α-ピネン、β- ピネンなど。消炎、鎮静、鎮痙、消化促進などの作用があります。
ジャーマン、ローマン共に注意事項として、キク科アレルギーの場合は使用せず、乳幼児への精油の使用は控えましょう。
中薬では、ジャーマンカモミールを母菊(ボギク)といい、その花もしくは全草を母菊(ボギク)あるいは欧薬菊(オウヤクキク)、洋甘菊(ヨウカンギク)と呼びます。初夏に収穫して日干しして保存し、2~ 3銭を煎じて内服することで、駆風・解表効果(風を駆りたて表を解く効能)があり、感冒、リウマチによる痛を治します。(『湖南薬物志』『中薬大辞典』参照。)
栽培
丈夫で栽培しやすく初心者に適したハーブ
カモミールは、種類によって性状や繁殖方法などが異なります。
「 ジャーマンカモミール 」
一・二年草で、種子で繁殖し、開花・結実後に枯死します。発芽適温は20℃前後ですので、猛暑期と厳寒期を除いて播種します。一度、種まきすれば、翌年からはこぼれ種であちこちに勝手に芽吹いて殖えますので、小さいうちに移植するとよいでしょう。
「 ローマンカモミール 」
常緑多年草で、雪の下でも冬枯れせずに越冬します。最初はジャーマンカモミールと同じように播種するか、苗を植えつけます。その後は匍匐して広がっていきますので、株分けでも殖やせます。
花の咲かない品種“ノンフラワー”は「香る芝」として利用されます。
育て方のポイント
土作り
完熟牛糞堆肥など、窒素の豊富な有機物を施し、まずは茎葉を充実させます。それにより、根に光合成産物が多く蓄えられ、その栄養分でたくさんの花を咲かせます。
病害虫管理
アブラムシがよくつきます。対策としては、ジャーマンカモミールはできるだけ混植しましょう。アブラムシの天敵であるテントウムシを誘引するには麦類との混植がよいでしょう。
収穫
花の中心部の花托が十分に盛り上がったものから収穫しましょう。フレッシュでティーにするのがおすすめですが、保存する場合は、カビが生えないように注 意して乾 燥させましょう。重ならないように広げて、風通しのよいところや空気の乾いたところで乾燥させます。
TOPICS
ピーターラビットに登場するカモミールはジャーマン?それともローマン?
ビアトリクス・ポターの『ピーターラビットのおはなし』(初版1902年)には、お母さんがピーターにカモミールティーを飲ませる場面が描かれています。
I am sorry to say that Peter was not very well during the evening.His mother put him to bed, and made some camomile tea; and she gave a dose of it to Peter!“One table-spoonful to be taken at bed-time.”
ここで疑問に思うのが、カモミールとは、ジャーマンなのかローマンなのか…etc.
単にカモミールといえば、日本やドイツではジャーマンですし、カモミールティーと書いてあればジャーマンとの考えもあるでしょう。一方で、イギリスでカモミールといえばローマンであり、煎剤を胃腸不調や就寝前のリラクセーションに用いることもあるため、ローマンの可能性もあります。スプーン1杯とあることから浸剤ではなく煎剤かもしれません。ブラックベリーを摘みに行った日のことなので、ローマンならフレッシュの可能性もありますが、摘んで煎れた記述がないのでドライと考えるのが自然でしょう。摘むシーンがあればどちらか見当がつくかもしれません。
COLUMN Pick Up Component 「カマズレン」
ジャーマンカモミールの精油は青いが、ローマンカモミールの精油が青くないのは、カマズレンの有無によるため。
カマズレンの名は「カモミールのアズレン」からきており、ジャーマンカモミール特有の成分です。といっても、この成分は植物体中には存在せず、水蒸気蒸留した精油中に得られる成分であり、煎剤やチンキ剤で得ることはできません。カマズレンは植物体中では、セスキテルペンの1種であるマトリシンという無色の物質として存在します。マトリシンは水蒸気蒸留によってカマズレン酢酸を経てカマズレンに変化します。カマズレン酢酸とカマズレンはアズレンブルーといわれる青色を呈します。カマズレンはジャーマンカモミールの他にモロッコカモミールやケープカモミール、また、同じキク科のワームウッドやヤロウなどの水蒸気蒸留された精油にも含まれます。カマズレンはアズレン類の一種で、アズレン類にはカマズレン以外にアズレンという物質がありますので、表記する場合は、「カマズレン」とするか「アズレン類」とします。
カマズレンは、マトリシンという化合物を水蒸気蒸留することで得られる化合物のため、ティーやチンキ剤などには含まれない。
初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第44号 2018年6月