ハーブ療法の母・聖ヒルデガルトの自然学(6) ヘルスケアとしての摂食断食療法
はじめに
聖ヒルデガルトの生きた時代は十字軍の進軍による戦乱と、冷害などによる飢饉。そして病をケアしていたのは修道院医学でした。今でも、修道女のイラストが描かれたメリッサ精や修道院製のカモミールクリームなどをドイツの薬局で購入することができます。修道院に伝わる「癒し手で医師であるイエス・キリスト」の教えなのです。
体と魂と精神の万能薬 摂食(断食)療法
最も古い薬草書は790年頃ヘッセン州ロルシュ修道院のリヒボード修道院長の監修で著された『ロルシュの薬草書(Lorscher Arzneibuch)』といわれ、これとネブラ天文盤がドイツの遺産としてユネスコ世界記録文化遺産のリストに記されています。カロリング朝の王に仕えた宮廷顧問の修道士たちは理想的な庭園の設計も行い「Hortulus」(小庭園)は今も見ることができます。ルーツィア・グラーン著『修道院の医術』にも、究極の修道院医学の作品は、聖ヒルデガルトの「自然学」と「病因と治療」であると。
健康法として、
①自然の治癒力を利用
②運動
③ストレス解消
④病気になっても自分を責めない
⑤病気・死というテーマに取り組む
とありこれは聖ベネディクトの戒律に通じています。聖ヒルデガルトは「最上の薬とは病者に対する介護人や医者の慈愛である。健康は健全な生き方を前提としており、中庸と節度は喜びをみいだし、人生に安定を与える」とも。体と魂と精神の万能薬として摂食(断食)療法を書き残しています。
断食は、宗教上の目的で一定の期間、一定の飲食をしないことで4世紀のキリスト教神学者のBasilius Caesariensisは断食の歴史は人の歴史と同じくらい古いといいます。また「断食とは体と心を使った祈り」で、「心身の浄化」になります。現在は、灰の水曜日と聖金曜日の摂食の「大斎」と、毎金曜日の鳥獣の肉を食べない「小斎」が規定されています。聖ヒルデガルトのヘルスケアである摂食断食療法をご紹介します。
「胃は世界−被造物が発芽し成長の間は満ち、死と共に空になる世界−を受容する力を表す。食べるという行為は、人は日々新しい被造物と交わることである」(『神の御業の書』より)。聖ヒルデガルトにとって「食べる」という行為は、「緑の力」(精妙なる自然の本性)をきちんと探りあて、取り入れ、自分の身体の中へと再合成していく行為と考えたのでしょう。物事の魂とは、彼女が何度も強調しているように、中庸がよいとされます。食事も、極端な過食も長期間の摂食もよくありません。養生摂食でも、朝食は、Habermus(スペルト小麦のポリッジ[おかゆ])を食べる。あと2食は野菜スープをメインとします。新鮮な材料で作るようにし、野菜を変えることによって味に変化があり、腸が浄化され、アルカリ性の植物によって、身体の中の酸が消失そして排出します。毎日の排便は大切で便秘になると、頭痛や、自家中毒になるため、治療院では腸洗浄もするところも。中程度の断食は、体に負担は少なく、断食の初心者であっても、副作用なく1週間の断食期間が終わっても10日間ぐらい簡単に続けられます。十分な水分を摂ることは、すべての断食において重要です。
<聖ヒルデガルトの摂食献立例>
朝 / スペルトコーヒー、ハチミツ入りフェンネルティー
昼 / スペルト小麦と野菜のスープ(フェンネル根、インゲンマメ、人参、セロリ、パセリなど細かく刻んだもの300gを蒸してピューレにし、水1Lで5分スペルト小麦粗挽き大さじ2を煮てピューレを加え、スパイス(バートラム、ガランガル、タイム、ナツメグなど、自然塩で味をととのえる)
夜 / フェンネルティーとリンゴサラダもしくは上のスープ(スペルト小麦1カップに増量)
聖ヒルデガルトのヘルスケア断食
「魂は、どんなものに対しても、適切な度合を好む。人の体が適切な度合なく、食べ過ぎたり飲みすぎることは魂の力が傷つけられる。どんなことに対しても、人は、正しい度合を守る」(同上)。断食は、ヒルデガルトの治療学においては、デトックスの一つの方法ではなく、心と魂と身体・宗教的な万能薬です。人は、神との連帯を必要とし、どんな生命にも、神は源であり、神とつながるのが断食でした。聖ヒルデガルトは断食中に執着・メランコリー・無分別・いい加減・移り気・悲嘆の感情を抱かないようにと。聖ヒルデガルトクッキングでは、ほとんどの食品をゆでたり、焼いたり、蒸してから食べます。サラダも、サラダドレッシングをかけてしばらくおいたものを。一日の基本は、温かい朝食から。熱を加えたものとあるのは、中世の冷蔵庫などのない台所事情によるものかもしれません。肉体的に健康な人間であれば、消化のために、昼頃まで食事をさけたほうがよい。健康である人は、一日2食にして、最初の食事は、昼頃、そして2回目の食事は、食事をすませた後に、まだ散歩にいける時間にとるのが望ましいとあります。
皆様に感謝とともに。安寧を祈ります。
[参考文献]
聖ヒルデガルトの『病因と治療』を読む 臼田夜半著(ポット出版プラス2018年)
聖ヒルデガルトの治療学 シュトレーロフ・ヘルツカ共著(フレグランスジャーナル社 ,2013年)
初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第53号 2020年9月