2021.3.20

暮らしの中の樹木たち 信仰や文化に深くかかわり、風景の中でも切り離せないものクスノキとマツ

樹木医

本位田有恒

暮らしの中には、建築材料はもちろん、様々な道具や家具などに樹木が使われています。今回は、私たち日本人と昔から暮らしに密着していたクスノキとマツをご紹介します。生活だけでなく、信仰や文化に深くかかわり、風景の中でも切り離せないものとして存在するクスノキとマツ。まずは身近な樹木を知るきっかけにしていただければと思います。

神戸市立森林植物園

クスノキとは

クスノキの仲間はシナモンやゲッケイジュ、クロモジなど世界に31属2,000種あるといわれており、主に熱帯、亜熱帯、温帯の暖地に自生しています。クスノキは中国の揚子江以南、台湾、韓国の済州島、日本の九州では沿岸部から内陸部まで、四国、中国、近畿、関東以西の太平洋側は沿岸部のみに生息しています。その中でも人里に多く植わっており、人との暮らしに深い関係があることを表しているといえるでしょう。

クスノキの歴史 樟脳しょうのう

クスノキは日本では縄文時代(約3,000年前)には存在していたことが遺跡から分かっています。水に強く比較的軽い性質を活かして丸太船や井戸枠として木がまるごと利用され、歴史的に活用される木であったことがよく分かります。

その中でもクスノキから生産される樟脳は室町時代から利用されてきました。江戸時代は薩摩藩、土佐藩が力を入れ、明治36年には、国の専売となり防虫・防湿・防臭剤として広く普及。虫よけ効果のあるクスノキのタンスを持っている方もおられるのではないでしょうか。樟脳を原料としているカンフルは、強心剤、外用剤(軟膏、虫刺され、肩こり、にきび、水虫、シップ)などの薬品として使用されてきました。また玩具や文房具に使われてきた懐かしいセルロイドも樟脳が原料の1つです。

日本人にとってのマツ

マツ(松)は日本人にとって、密接な関係があります。古くから日本に自生しており、松の字がついた姓も多く、日本の美しい風景にマツはつきものです。また自然(月、雪、風、霞)とのかかわりも深く、マツは神木や縁起がいいものとしても使われてきました。また、「厳冬霜雪の難をしのいで、松の緑は濃く残る」といわれ貞木、節操の象徴(東洋思想)として扱われていました。

蒲生の大楠(鹿児島県、幹周り : 24.2 m、推定樹齢1,500年)

信仰の木 クスノキの巨樹

日本にはクスノキの巨樹が多く存在しています。鹿児島県姶良市蒲生町にあるクスノキは日本一大きなクスノキといわれ、その存在に圧倒されます。その他にもクスノキの巨樹は神社にあることが多く、しめ縄やほこらなど、祀られて信仰の対象となっているものもあります。6〜7世紀までは仏像にも使用されており、広島県の宮島、厳島神社の大鳥居の柱もクスノキです。巨樹であること自体が信仰の対象でもあるのですが、クスノキのもつ香りや姿が神秘性を醸し出しているのは間違いありません。

最近出版された本で東野圭吾氏による『クスノキの番人』という本があります。クスノキに祈念するという小説で、クスノキの特徴がうまく表現されています。ひょっとすると実在のクスノキがあるかもしれません。

Column いろいろなマツ
世界中で約90種、日本では7種あります。産地は、日本、朝鮮、中国、インド、中央アジア、ヨーロッパ、南北アメリカ。温帯地方に多く、日本自生のマツは、クロマツ、アカマツ、ゴヨウマツ、チョウセンゴヨウ、ハイマツ、リュウキュウマツ、ヤクタネゴヨウなどがあります。クロマツは歳と共に樹姿が雄壮で古雅な味わいがあり、アカマツは葉が柔らかく繊細な感じ。幹枝の優美さをもちます。また松葉の数も数えてみてください。松葉は2本と思われているかもしれませんが、ゴヨウマツは5本、アメリカ原産のダイオウマツや中国原産のハクショウなどは3本です。

クロマツ
カマツ

暮らしの中のマツと文化

マツ、タケ、ウメの3種は「厳寒の三友」といわれ、古くから尊ばれており、正月に欠かせないものとして松竹梅や門松があります。松は長寿を表し、竹は子孫繁栄、梅は香りが君子の徳を表しています。門松は家族の多幸、長寿、繁栄を祝ったものです。その他マツを材料として使用しているものに、松葉茶、松葉酒、松葉風呂などがあります。

松竹梅

また、燃料として松明たいまつ、松脂ロウソク、松炭、松根油としても利用されていました。木材としてのマツは防腐性が高く、かつ硬く耐久性もあります。

祭祀には欠かせない瑞木としてのマツは神木として崇められてきました。おめでたい席で謡われる「高砂」は、2本のマツが合わさってできた形が夫婦和合の印とされた相生あいおいの松を謡っています。その他博多どんたくの松囃子、祇園祭での松葉神事、東大寺のお水取りや大文字の送り火には松明で神事に使われています。

また能や狂言の舞台には背景にマツが描かれており、春日大社の「影向の松」の前で神事の舞を行ったことが由来と言われています。

能舞台

日本の風景とマツ

クロマツ、アカマツは日本に広く分布し、島々をとり巻く周辺に白砂青松の絶景をつくり出しています。昔から富士山とマツは特別な関係で、歌川広重の代表作である『富士三十六景』の多くにはマツが描かれており、当時の風景に当たり前のように存在していたものと思われます。日本三景の松島、天橋立、宮島はいずれもマツの風景です。日本古代神社や寺院の参道、木陰としての松並木も昔からの風景です。

天橋立 クロマツ林

日本庭園と松

飛鳥・奈良時代、中国庭園の模倣としてつくられた庭園は神仙思想、不老不死、長寿の願いを庭に表しており、池の中の島にマツを植えています。これが平安時代になると浄土式庭園として日本独自のものになり、鶴島・亀島(極楽浄土)としてマツを植えています。その他、庭の要所には役木としてマツの木を植えており、日本の風景に欠かせないということと、神の依り代としての役割もありました。個人庭園でも玄関に植える門かぶりのマツを植えるのは、家内安全や健康を祈ることにつながっています。

門かぶりのマツ

まとめ

クスノキもマツも当たり前のように身近にある木ですが、その歴史や文化を知ると、人とのかかわりが分かります。樹木は人の暮らしに役立つだけでなく、なくてはならない存在ともいえるでしょう。ただし、その文化も継承されなくなってきているものもあります。私たちが子どもたちへもっと伝えていかなければならないと思います。

樹木医
本位田有恒 ほんいでんありつね
大学で造園について学び、神戸市の都市公園・日本庭園「相楽園」の園長を務め、その後、2019年3月まで神戸布引ハーブ園の園長職。その他数々の庭園や公園づくりに携わり、神戸市の緑花まちづくりにも取り組むなど、植物に対して深い造詣をもつ。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第51号 2020年3月