オーストラリアのハーブ事情: メディカルハーブの製造・消費事情とその背景
はじめに
今回は、オーストラリアでのメディカルハーブの製造と消費の事情とその背景についてご紹介したいと思います。
メディカルハーブの歩み
オーストラリアでのメディカルハーブは、1980年代に大きく近代的に発展しました。私もメンバーになっている国内最大規模のオーストラリア伝統医学学会も1984年に設立され、また老舗のメディカルハーブの製造会社2社も1986、1988年にそれぞれ設立され、商業的にメディカルハーブの世界が大きく動き始めました。
メディカルハーブの入手方法
メディカルハーブの生産や消費事情の前に、それらの事情に密接に関係しているオーストラリアでのメディカルハーブの入手方法からお話しましょう。メディカルハーブの入手方法は、以下の2つに大別されます。
- ハーバリストなどの専門資格保持者に処方してもらう方法
- 薬局や健康食品店などの店舗で、一般消費者が各自、自由に購入する方法
(購入できるのが「OTCサプリメント」)
オーストラリアには、有資格者のみが取り扱えるチンキやハーブ含有サプリメントがあり、上記のどちらの方法で入手するかによって、購入できる商品が異なります。有資格者が取り扱う商品を購入したい場合は、上記の入手方法1のように、専門家に処方してもらう必要があります。日本でまったく同じ販売形態はありませんが、お医者さんに処方箋を書いてもらう形を想像していただくとイメージしやすいでしょうか。
専門家によるメディカルハーブの活用のされ方
メディカルハーブにはいろいろな剤型があり、用途によって最適なものが使われます。内服剤に関して、日本ではサプリメントやハーブティーの形が最も一般的かと思います。オーストラリアでもセルフケア利用としては同様の傾向がありますが、専門家に処方してもらう場合(1の方法)は異なり、チンキ剤がメインです。専門家がチンキでなくサプリメントを選ぶ場合は、クライアントのライフスタイルや嗜好など服用におけるアドヒアランス(クライアントが積極的に処方などに参加すること)上の理由で止むを得ない場合や、サプリメントの中身設計が症状に最適な場合のみで、基本的にメインで処方するのはチンキ剤です。これには、オーストラリアのチンキの生産事情が大きく関わっているのではないかと思います。
チンキの生産事情
オーストラリアには現在、メジャーなメディカルハーブの製造会社が3社あり、そのすべての会社でチンキを製造販売しています。各社それぞれ約150~180種のチンキをラインナップしており、ハーバリストのあらゆるニーズに応えています。写真のような500mLのサイズが一般的で、使用頻度の高いハーブに関しては、2.5Lや5Lという大きなサイズもあります。私がオーストラリアで働いていたときは、エキナセアやリコリスなどはこの2.5Lを使用していたので、サロンを訪れた日本の友人はとってもびっくりしていました。ハーバリストは、各自サロンにこれらのチンキを取り揃え、クライアントに合わせ数種を調合します。サプリメントも、有資格者専用の製品は、成分含有量だけでなく、その吸収効率やほかの有効成分とのコンビネーションや品質の高さに優位性をもたせた商品が多く、一般消費者とは異なる深い視点で購入決定するハーバリストのニーズを捉えています。
セルフメディケーションとしてのメディカルハーブ
オーストラリアでは、セルフメディケーションの形でもメディカルハーブを積極的に取り入れています。アメリカのように国民皆保険がないわけではないのですが、セルフメディケーションに対して積極的である印象を受けます。その背景には、オーストラリア人の健康志向とナチュラル志向の高さがあるのではと推察します。また、健康的な食品やサプリメントの選択肢が豊富なこともプラス要因なのではないかと思います。
オーストラリアで信頼されているブランド
オーストラリアでは、「ブラックモアズ」というサプリメントブランドが有名です。オーストラリアでは知らない人はいないほどの知名度を誇り、サプリメントのみ製造販売している企業としては、日本では類を見ない規模です。OTCサプリメントの品質と中身設計は、オーストラリアでもばらつきがありますが、ブラックモアズの商品はおしなべて品質・設計ともによい傾向にあり、OTCサプリメントブランドの中では、一番信頼されているブランドです。
サステイナブルなメディカルハーブの生産
オーストラリアは自然環境の保護に熱心な国ですが、その姿勢は、メディカルハーブの世界にも表れています。ハーブのメーカーは、各社独自の基準を設け、例えば絶滅危惧種になっているハーブは商業栽培のものしか採用しないなどの方針を明確にしている企業もあります。ゴールデンシールがこの基準にあたります。ゴールデンシールは、消化器官の粘膜の保護・修復や、腸内カンジダをはじめとした腸内の細菌・真菌のコントロールを目的として、オーストラリアのハーバリストの間では多用されるハーブです。ほかのハーブに関しても絶滅が危惧されている地域からの調達はしないなどの方針をとっている場合もあります。
このように、種の存続を脅かさない形で長期的にチンキを提供できるような取り組みを企業が進めています。また、処方するハーバリストの側もサステナビリティを意識しています。例えば、婦人科系のハーブでフォルス・ユニコーン・ルートというハーブは長く絶滅の危機に瀕したハーブとして知られています。
その効能ゆえ人気も高いハーブですが、オーストラリアのハーバリストは可能な場合、代替ハーブを選択するようにしています。オーストラリアでは20年ほど前から、このような意識が高くなったように思います。メディカルハーブの世界でも「、人間の体によいこと」だけの視点から「、人間と地球にとってよいこと」の視点に少しずつシフトしている印象を受けます。日本でのこれからのハーブ商材の生産・消費も、何かこの視点から学ぶと、よりよい発展につなげることができるかもしれません。
初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第42号 2017年12月