ハーブ成分による上皮タイトジャンクション制御とその応用
ペプチド・タンパク質や核酸を主成分とする「バイオ医薬品」は、その標的特異性と薬効の高さから市場規模を急速に拡大している。実際、2020年の世界医薬品売上高トップ100のうちほぼ半数を占めており、この傾向は今後も続くと考えられる。
バイオ医薬品は高分子量かつ高親水性のため、皮膚や粘膜などの上皮組織を透過することが困難であり、注射・点滴によって体内に直接投与されることがほとんどである。しかしながら、注射・点滴には痛みによる苦痛が伴ううえ、通院にかかる時間的・経済的負担や、薬剤によっては1日に複数回の投与が必要であるなど、患者のQOL低下を招いている。以上を解決する手段の一つとして、貼り薬や塗り薬、飲み薬などによる注射・点滴以外のバイオ医薬品投与方法の研究・開発が国内外で進められている。
医薬品が薬効を発揮するには皮膚や消化管といった上皮組織に存在する角層または粘膜層を透過した後、上皮細胞層を通過する必要がある。上皮細胞層を薬剤が通過する経路は、細胞内経路と細胞間経路の2つに大別される(図1)。
既存の飲み薬や貼り薬などに含有されている多くの薬剤は上皮細胞の細胞膜を直接透過、あるいはトランスポーターやチャネルなどのタンパク質によって細胞内に一旦取り込まれた後、体内に放出されていく細胞内経路によって透過・吸収される。これに対し、細胞間経路では薬剤が細胞と細胞の間を通過することによって体内へ吸収されるため、細胞同士を密に接着しているタイトジャンクション(TJ)を通過することとなる。これらの2つの経路のどちらにも乗らず、上皮組織を透過することが難しい薬剤は、注射や点滴などにより直接体内に投与することになる。
バイオ医薬品は高分子量・親水性という物理化学的特徴のために細胞内経路、および細胞間経路のいずれも透過できないものがほとんどであり、また、親水性の分子は主に細胞間経路を透過すると考えられているため、我々は細胞間経路に着目した。通常時はTJという構造体が細胞同士を密に接着しているため薬剤が通過することができない細胞と細胞の隙間を、薬剤が通過できる程度に緩めることで通過させる薬剤輸送方法である。
TJを薬剤の投与時に開口させることができれば、細胞間経路を通すための薬剤に対する特別な修飾をせずとも、注射・点滴を使用せず、かつ汎用性の高い経皮・経粘膜の薬剤投与が可能になると期待される。このようなTJを開口させる物質はTJモジュレーターと呼ばれる。我々は安全性の観点から食品やハーブ由来のTJモジュレーターに着目している。そのような化合物の一つとして、トウガラシの辛み成分であるカプサイシンがヒト腸管上皮モデル細胞のTJ透過性を可逆的に上昇させることが報告された。
我々はカプサイシンのTJ作用機構の詳細を検討したところ、カプサイシンは初発の重要な反応として細胞内へCa2+イオン流入を引き起こし、続いてコフィリンの活性化を介したアクチン繊維変動などにより1時間程度でTJを開口させること、その後カプサイシンを洗い流さずとも、5時間後にはアクチン骨格が再構成されることによりTJを閉口させることを明らかにした(図2、Shiobara T., Usui T., Han J., Isoda H., Nagumo Y., PLoS ONE, 2013)。
一方で、TJ開口に繋がる細胞内Ca2+イオン流入を引き起こすメカニズムは長らくわからなかった。カプサイシンはTRPチャネルファミリータンパク質の1つであるTRPV1というイオンチャネル活性化して辛味を伝えていることから、TRPV1の関与を疑ったがポジティブな結果が得られなかったためである。
そこで、一旦メカニズム解析から離れ、カプサイシン以外のTJ開口物質を見つけるためスクリーニングを行った。初発の反応であるCa2+流入を指標に800程度の化合物をスクリーニングして数十程度の候補化合物に絞った。その中に、タンパク質と共有結合しうるα,β-不飽和カルボニル基を有する可逆的TJモジュレーターを複数見出した。
それらのTJ開口メカニズムがカプサイシンと同様であったことから、何か共通のターゲットに結合することでTJに作用している可能性が考えられた。TRPV1と同じTRPチャネルに属する分子であるTRPA1イオンチャネルはα,β-不飽和カルボニル基部位を持つ様々な化合物と結合し、活性化することが知られている。そこでTRPV1ではなくTRPA1の関与を調べることとした。
その結果、α,β-不飽和化合物による可逆的TJ開口にTRPA1の活性化が必須であることを見出した。さらに驚くべきことに、共有結合性のないカプサイシンもTRPV1ではなくTRPA1を介して可逆的TJ開口を引き起こすことが明らかとなった(Kanda Y., Yamasaki Y., Sasaki-Yamaguchi Y., Ida-Koga N., Kamisuki S., Sugawara F., Nagumo Y., Usui T., Sci. Rep. 2018)。
この知見を活かして、ハーブ成分のTJモジュレーター活性を検討することにした。というのもハーブやスパイスなどのいわゆるphytochemicalsにはTRPA1を活性化するものが多く存在するためである。例えば、ワサビやマスタードの辛味成分であるアリルイソチオシアネートはTRPA1を活性化することが知られており、同様にTJ開口を引き起こすことを見出した(図2)。
上記は共有結合性の化合物であるため、TRPA1を活性化する非共有結合性のハーブ成分についても検討した。鎮痛や鎮痒、清涼剤として広く用いられているメントール、オレガノ精油成分のカルバクロールを用い、毒性のない濃度域でTJモジュレーター活性を検討したところ、TJ開口することが示された(図2)。
また、これらハーブ成分のTJ開口メカニズムを解析したところ、いずれもカプサイシンと類似の機構でTJ開口を引き起こしていることが明らかになっている(Mukaiyama M., Usui T., Nagumo Y., J. Biochem. 2020)。
注射・点滴に依らない非侵襲的薬剤投与法開発のため、食品やハーブ由来成分のTJモジュレーター活性について研究を行った。一連の研究によりTJ開口に関わるファーマコフォアとしてTRPA1チャネルを見出すことができ、その結果、メディカルハーブ成分の新規機能発見に繋がった。本研究により見出されたメディカルハーブ成分は、皮膚や消化管といった上皮組織に共通するバリア構造であるTJを薬剤投与時開口させうる化合物であり、安全性が高い経皮・経粘膜吸収促進剤となる可能性を秘めている。
初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第59号 2022年3月