日本人の暮らしの中のハーブ
ハーブは薬用や食用以外にも、服飾、工芸、建築、祭祀など様々な用途に用いられ、日本人の暮らしを支えてきました。その中には、もう見られなくなった風習や途絶えてしまった技術もありますが、脈々と受け継がれているものも決して少なくありません。
薬湯
ゆっくりとお湯に浸かる沐浴の習慣が伝えられたのは、奈良時代といわれていますが、庶民にまで入浴の習慣が広まったのは、17世紀の江戸の町からです。当時、「湯屋」と呼ばれていた銭湯では、季節ごとの特別な日に薬草を入れた薬湯を用意するようになり、端午の節句には菖蒲湯、夏の土用には桃の葉湯、冬至には柚子湯といった習慣が広まりました。
抗菌・防虫
ワサビ、カラシ、ショウガ、シソなどは現在も薬味として添えられ、食品の腐敗を防ぐ働きをします。弁当など携帯食の抗菌・保存には、タケやカシワ、ホオノキの葉などが使われます。衣類の防虫に用いる樟脳は、クスノキを蒸留して結晶にしたもので、江戸時代にはオランダを通じて海外にも輸出されていました。スギやヨモギ、ジョチュウギクなどは蚊取り線香の材料として使われ、ヨモギは蚊遣りといって、葉を燃やして煙をたて、虫よけにするためにも利用されてきました。
染色
日本古来の3大染料とされているハーブが、青系のアイ(藍または蓼藍)、赤系のベニバナ、紫系のムラサキ(紫)です。ムラサキの根で染める紫根染は奈良時代から行われ、当時は天皇や公家にしか許されない「禁色」とされていました。伝統的な黄色系の染料としては、クチナシ、キハダ(黄肌)、ウコン(鬱金)などが使用されました。現在の合成染料も、その多くが天然染料に合わせて作られています。
香り
日本の香り文化は、飛鳥時代に仏教の伝来と共に始まります。まず、仏教儀式で焚く焚香料として入り、平安時代には貴族の間で香りを楽しむ趣味が広がりました。宮中では使う香りを管理する御香所という部署が設けられ、好みの香りをブレンドして競う「組香」が始まったのもこの頃です。そして室町時代に入ると、それまでの趣としての「香」が、「茶道」の広まりと共に「香道」という芸道となりました。香道に用いる香には、乳香、白檀、沈香、安息香、桂皮、丁字、大茴香など現代のアロマセラピーで用いるものと共通のものがあります。
化粧品
自然化粧水の代表といえば、ヘチマ水です。ヘチマのツルからしみ出す水分を集めたもので、サポニンやペクチンを含み、保湿効果があります。また、クズから作られた葛粉や、キカラスウリの塊根を乾燥させた天瓜粉が、夏のあせも対策として用いられてきました。口紅の歴史も古く、ベニバナ(紅花)の花びらから抽出した深紅の色素が、身分の高い女性を中心に使われてきました。ベニバナは江戸時代まで唯一の口紅の色素として珍重され、江戸の女性たちは様々なグラデーションを楽しんでいたといわれます。
初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第59号 2022年3月