ハーブ療法の母・聖ヒルデガルトの自然学(13)緑の力 ヒルデガーデン
聖ヒルデガルトが書かれている日本での一番古い書物でしょうか。『新婦人論』(ア・コロンタイ著,大竹博吉訳,ナウカ社,1946年)に「また他の十一世紀時代の尼僧ヒルデガルトも、ほんとうの哲學者だとされてゐる。この時代には、會の暗黑な權力が人々を支配し、キリストは信ずべきもので批判すべきものではないとしてゐた。
ヒルデガルトは、生活と力と自然とを意識した。彼女の一切の世界觀は、汎神論であつた。すなわち神は生物創造の自然力にほかならない」とあります。また大槻先生からいただいた本のなかで『魔法から科学へ』(シンガー著,平田寛訳,社会思想社,1969年)に第六章ビンゲンのヒルデガルトの幻視という章に彼女についてや幻視についての解説が載っています。
聖ヒルデガルト修道院のサイトでは写本が公開され幻視のイラストが見られます。彼女の幻視の一つ「宇宙卵」には4元素と太陽や月が。またこの本には6世紀の呪術のテキストや『九つの薬草の歌』等が載っています。当時の修道院の生活は祈りと学習だったので、修道女は自給自足のための畑作業、食事や衣服の準備があり、薬草園も担当していたようです。
“Monks’Medicine”(修道士の薬)としてベネディクト会はその規則に「修道院や病院、庭を運営しなければならない」としました。スイスのザンクトガレン修道院には4つの庭からと。厨房と施療院の庭には食料と小薬草園、祈りと瞑想の修練院の庭には真ん中に噴水が置かれ、墓地の庭には花々、特にイリスとユリが植えられます。
南ドイツのボーデン湖中のライヘナウ島の修道院に中世、最も偉大とされた修道士ストラボ(809~849)が「Hortulus」(小さな庭)というラテン語の詩を書き残し、薬草園が再現されています。詩には庭づくりは祈りであり、庭仕事は難しくもあるが庭師の忍耐力と労働の成果があると。
庭はキリスト教において、エデンの園であり雅歌の庭で、マリアの庭でした。魂・精神を喜ばせる花や果樹、肉体を癒すハーブが栽培され、キリスト自身が「庭師」として描かれます。
続く、聖ヒルデガルトがゲルマンの伝統、経験と古代からの知識を理論化したと。
彼女にとって治癒の「生命力」とは「緑の力」=「ウィリディタス(viriditas)」でした。この概念は、「大地の体液」であり、熱と湿り気(太陽と風の暖かさ)、雨や露の湿気から生まれ、自然界がもつ新鮮さや若々しさ、活力そして人の魂の生命力や徳を表すと。
「大地は緑を育て、緑は果実を結ばせ、果実は動物を養う」スキヴィアス第二部第一の幻視2と、植物の緑の力を食べることによって役立つことを書いています。聖ヒルデガルトに思いを馳せながらヒルデガーデンをつくってみてはいかがでしょうか。
ビンゲンの小高い丘にあるヒルデガルトフォーラムのヒルデガーデンには、
- バートラム Bertram (学名:Anacyclus pyrethrum/キク科)、
- ヒソップ Ysop、
- ニガヨモギ Wermut、
- オオグルマ Alant、
- ニゲラ Schwarzkuemmel、
- カレンデュラ Ringelblume、
- カモミール kamille、
- ミルクシスル Mariendistel、
- セージ Gartensalbei、
- ラベンダー Wahre Lavendel、
- クラリセージ Scharlauch、
- マシュマロウ ウスベニタチアオイ Stockmalve、
- サマーセーボリー Bohnenkraut、
- パセリ Petersilie、
- ほおずき Judenkirsche、
- フェンネル Fenchel、
- セロリ Sellerie、
- 玉葱 Kuchenzwiebel、
- ガーリック Knoblauch、
- ディル Dill、
- ラビッジ Liebstoeckel、
- シャクヤク Pfingstrose、
- ルー Weinraute、
- レモンバーム Zitronenmelisse、
- 百合 Madonnenlilie、
- ジャパニーズミント Ackerminze、
- ヤロウ Schafgarbe、
- セイヨウオダマキ Akelei、
- オレガノ Dost、
- マグワート(ヨモギ) Beifuss、
- ドッグローズ Hundsrose、
- バラ Rose、ホップ Hopfen、
- ブラックベリー Brombeere、
- ローレル Lorbeer、
- ジュニパー Wacholder、
- アロエ Aloe、
- イチジク Feigenbaum、
- オリーブ olivenbaum
などが育てられています。また新ガーデンも川のほとりの美術館脇にできました。
こちらは真ん中に流れる小川の脇に薬効の似ているハーブでつくられています。ヒルデガーデンをつくる目安として一年草・多年草で分け、花は一種一区分けにし、周りを灌木で囲むと習いました。
パセリ・バジル・セーポリー・ディル・オレガノ・キャラウェイ・チャービル。これらはキャベツやビーツ・玉葱などの野菜と相性がよいとも。
花はバラ・ユリ・野ばら・ラベンダー・カモミール・カレンデュラ・スミレ。
多年草は、タイム・セージ・ミント・ヒソップ・レモンバーム・フェンネル・ラビッジ・マグワート・オオバコ。
周りをオリーブ・ホップ・ローレル・アロエなどで囲むと。
イタリアのフィレンツェ大学では、プランターを組み合わせて見本園のように育てていました。『病因と治療』2-80に「よいハーブは月が満ちてくる期間(よいのは満月の5日前)薬効が高まった時に採取したものをいう」とあります。ヒルデガーデンが少しでも心の安寧になりますよう、ご健勝祈ります。
<参考文献>
- 『ヨーロッパ中世の想像界』池上俊一著(名古屋大学出版会 2020年)
- 『中世修道院の小さな庭から』大塚隆一郎, 満津子監修(新潮社 2018年)
- 『Gaertnern mit Hildegard von Bingen』Ursula Kopp著(MOEWIG 2009年)
初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第58号 2021年12月