2022.11.18

うつ病の薬物療法とサフランとカモミールのブレンドハーブティーの併用の効果

日本メディカルハーブ協会学術委員

河野加奈恵

うつ病は年々増加しており、全世界の人口の5%が罹患していると推定されている。大うつ病性障害(MDD)の治療には、選択的セロトニン再取り込み阻害薬 (SSRI)や三環系抗うつ薬 (TCA)などが用いられているが、SSRIなどの薬剤の慢性的な使用はさまざまな副作用を引き起こす場合があり、それにより症状の管理が難しくなるケースもある。そのため、うつ病における補完代替療法としてのハーブの利用が期待されているものの、セントジョンズワート始め抗うつや抗不安作用などを持つハーブは、抗うつ薬や抗不安薬に対し薬力学的相互作用だけでなく薬物動態学的相互作用を持つものも多く、多剤併用療法が行われることも多い気分障害における薬物療法との併用が非常に難しい。

MDDに関しては、行動、学習、気分、食欲など、脳内のさまざまな生理機能を調節する神経伝達物質のセロトニン(5-ヒドロキシトリプタミン、5-HT) の欠乏、その前駆体の必須アミノ酸のトリプトファンの枯渇、腫瘍壊死因子 (TNF) とインターロイキンなどのサイトカインの機能障害、視床下部ー下垂体ー副腎(HPA)軸の調節不全とそれに伴う脳由来神経栄養因子(BDNF) の減少などが関係していることがわかってきている。BDNFはニューロンの成長および興奮と抑制の調整に非常に重要な役割を果たしている。過度なコルチゾール分泌がセロトニンの産生を鈍らせ、その長期的なセロトニンの低下がBDNFの障害につながり、興奮性ニューロンとグルタミン酸の減少を引き起こし、さらに、炎症誘発性サイトカインによる過剰な神経炎症による負の相乗効果により、BDNFレベルが低下すると考えられている。

近年、研究が進み、従来の薬物療法と同程度の抗うつ効果があることが判明したハーブにサフラン (Crocus sativus) がある。サフランは抗酸化や抗炎症作用を持つ伝統的に用いられてきたハーブだが、研究により、サフランの柱頭に含まれるクロシンやサフラナールに、コルチゾールを抑制しHPA軸を調節、5-HTのレベル回復(1)、海馬のBDNF レベルを増加する作用があり(2)(3)、抗炎症による神経保護効果と抗うつ効果を有することが明らかになった。(4) また、薬との相互作用が少ないため、欧米の補完代替療法において広く利用し始められている

また、一方で、世界で最もよく知られている伝統的な鎮静ハーブ、ジャーマンカモミール(Matricaria chamomilla)の花は、アピゲニン、ケルセチン、パツレチン、ルテオリンおよびそれらの配糖体など多くの有効成分を含み、その抗炎症、抗酸化、抗がん、神経保護、抗アレルギー、抗菌作用などが知られている。抗うつ作用においては、カモミールに含まれる活性成分が、TNF-およびIL-1の組織レベルを低下させるなどの抗炎症効果を示すだけでなく、カテコールアミン、5-HT、および アミノ酪酸 (GABA) などの神経伝達物質を制御(5)、HPA軸を調節することにより抗うつ効果をもたらす作用(6)が、その抗不安作用とは別に独立して存在する可能性があることを示唆されている。

これらの背景を元に、この度、抑うつの管理として、薬物療法と併用した場合のサフランとカモミールのブレンドハーブティーの神経保護と抗炎症の有効性を評価するための臨床試験が行われた。(7)

このPROBE法(Prospective Randomized Open Blinded Endpoint)臨床試験ではMDD患者120人を対象として、薬物療法とハーブティーを摂取するグループと薬物療法のみのグループに無作為に分け、ハーブティーのグループにはカモミール(20mg)とサフラン(1mg)のティーバッグを用意しハーブティーを1日2回1 か月間摂取させた。治療の前後に各グループの血液サンプルを採取し、血清トリプトファン、血清BDNF、血清CRPを測り、また、うつ病のスクリーニングアンケート(PHQ-9)を行い、両グループの結果を比較した。

試験結果では、ハーブティーグループで、血清トリプトファンレベルの低下、また、血清BDNFの明らかな増加が見られた。血清トリプトファンレベルに関しては、脳内で利用されることにより血中で低下すると考えられる。また、CRPレベルについては両グループで低下が認められたが、ハーブティーグループは薬物療法のみのグループよりもより顕著に低下した。また、PHQ-9アンケートは両方のグループで改善が見られたが、やはりハーブティーグループでより顕著に改善が認められた。

この結果により、サフランとカモミールのハーブティーの利用は、うつ病に対して長期的な改善をもたらし、対症療法の有効性を高めたと結論付けられた。長期に渡るうつ病の管理は難しいものであるが、安全で有効な補完代替療法として、身近で入手可能で、また、利用もしやすいハーブティーの効果が認められた有用な結果だ。

文献

(1) Ghadrdoost B, Vafaei AA, Rashidy-Pour A, et al. Protective effects of saffron extract and its active constituent crocin against oxidative stress and spatial learning and memory deficits induced by chronic stress in rats. Eur J Pharmacol. 2011 Sep 30;667(1-3):222-9. doi: 10.1016/j.ejphar.2011.05.012. Epub 2011 May 18.
(2) Shahmansouri N, Farokhnia M, Abbasi SH, et al. A randomized, double-blind, clinical trial comparing the efficacy and safety of Crocus sativus L. with fluoxetine for improving mild to moderate depression in post percutaneous coronary intervention patients. J Affect Disord. 2014 Feb;155:216-22. doi: 10.1016/j.jad.2013.11.003. Epub 2013 Nov 16.
(3) Vahdati Hassani F, Naseri V, Razavi BM, et al. Antidepressant effects of crocin and its effects on transcript and protein levels of CREB, BDNF, and VGF in rat hippocampus. Daru. 2014 Jan 8;22(1):16. doi: 10.1186/2008-2231-22-16. 4) 
(4)Zhang C, Ma J, Fan L, et al. Neuroprotective effects of safranal in a rat model of traumatic injury to the spinal cord by anti-apoptotic, anti-inflammatory and edema-attenuating. Tissue Cell. 2015 Jun;47(3):291-300. doi: 10.1016/j.tice.2015.03.007. Epub 2015 Apr 8.
(5) Yi LT, Li JM, Li YC, et al. Antidepressant-like behavioral and neurochemical effects of the citrus-associated chemical apigenin. Life Sci. 2008 Mar 26;82(13-14):741-51. doi: 10.1016/j.lfs.2008.01.007. Epub 2008 Jan 30.
(6) Reis LS, Pardo PE, Oba E, et al. Matricaria chamomilla CH12 decreases handling stress in Nelore calves. J Vet Sci. 2006 Jun;7(2):189-92. doi: 10.4142/jvs.2006.7.2.189.
(7) Ahmad S, Azhar A, Tikmani P, et al. A randomized clinical trial to test efficacy of chamomile and saffron for neuroprotective and anti-inflammatory responses in depressive patients. Heliyon. 2022 Sep 30;8(10):e10774. doi: 10.1016/j.heliyon.2022.e10774.