ハーブ療法の母・聖ヒルデガルトの自然学(15) 聖ヒルデガルトの香りと、35の美徳と悪徳
自然療法newsにドレスデン大学で開発された嗅覚刺激療法がWHOの「リハビリテーションの支援:COVID-19-関連疾患後の自己管理 第2版」に、「嗅覚や味覚が低下している場合のアドバイス-レモン、ローズ、クローブ、ユーカリを各20秒ずつ嗅ぐという嗅覚トレーニングを1日2回行います」と掲載されました。
リハビリテーションの支援 : COVID-19-関連疾患後の自己管理 第2版
これらの香りを選んだのは、ドイツの心理学者ハンス・ヘニングが1916年に提唱した6つの基本臭(花、果物、腐敗、薬味、焦、樹脂)のうちの4つからだそうです。
私が参加した自然療法のフォーラムでも、このトレーニングの報告やスクールでの香りの利用のプログラムの紹介があり、よい効果があったと。興味深かったのはスクールアロマで、バスの中にシアターと見本園、蒸留器の展示があり、子どもたちが葉や花に鼻を近づけると香りが吹き出し、人形が説明します。
Dr.J.シュテファン・イエリネは「自然の香りで高まる学習能力」として「教室に香りのディフューザー・家にはアロマストーンを設置。教室ではほとんど低濃度、家では好みに応じ、明るくフルーティーな香り(オレンジ、マンダリン、クレメンタイン)、温かい香り(バニラ、フェンネル、カモミール)が好まれたと。
現在、数社が聖ヒルデガルトの香りと題して、ブレンド精油を販売しています。例えば、ヒルデガルト療法研究の第一人者であるヘルツカ博士はローズ・セージをブレンドしたアロマスプレーを提案され、あるメーカーからは、レモン4・ベルガモット3・ユーカリ2・ジュニパー1、タンジェリン5・ラベンダー3.5・イランイラン1・ゼラニウム0.5の割合で混ぜるブレンド精油のレシピを教えていただきましたが、恩師デュマン先生曰く、「彼女の残した古文書で大切とされていることは、「医食同源」「規則正しい・一定のリズムでバランスのとれた生活、自然の中で過ごすことによる中庸を意識する」で、香りについてはこれから研究されていくだろう」と。
その中でもローズとセージの香りは「怒りで復讐にかきたてられている人にはローズとそれより少量のセージを粉にして用いる。ローズが幸福な気持ちにさせてくれる」と勧めています。聖ヒルデガルトは五感から生きる喜びを感じていました。特に香りについては「嗅ぐことで区別し」と表し、「道を知れ」第二部第一の幻視に「花の香りを嗅ぐアダム」が描かれます。
「神の与えた甘美な掟を引き寄せるように」鼻で嗅いだのです。食べたのでもなく、触るのでもなく、神の言葉の響きを嗅ぐことによって理解しました。『生の功徳の書』には「咲き乱れる草花はその香りを野に放ち、人に奉仕します。慈愛は香しいハーブ、うるおいにみちた緑の命。私の言葉は痛みを癒す香油なのです」と。
聖ヒルデガルトの薬剤(レメディ=バランスを取り戻すもの)の中には、薫香(燻薬)のレシピがあります。「フェンネル1に対してディル4の粉末を火で熱した煉瓦の上に置いて薫香とし、その煙を鼻から吸うと、鼻水によい」「フランキンセンス(乳香)の香りは、脳を浄化し眼をはれやかにする」「イチイの木を燻した煙は、鼻や胸の病の人の体液を穏やかにきれいにしてくれるだろう」と書き残しています。心地よい香りが癒すのです。今に通じる香りの利用ではないでしょうか。
また、ヒルデガルト療法では体の症状は精神の影響も受けていることを考えます。画像はシュトレーロフ博士と奥様から「35の美徳と悪徳」という心身を不健康にするネガティブな働きと健康にするポジティブな働きの説明を受けているところです。
「6.Ira(怒り)は Patientia(忍耐)と対であり、カルセドニーという宝石を身につけるとよい 8.Ingluvies ventri(美食)は Abstinentia(禁欲)と対でダイヤモンド 12.Contentio(争い)は Pax(平和)と対でアクアマリンが対応 6.Superbia(傲慢)は Humilitas(謙虚)と対でありクリスタル(水晶)が 21.Desperatio(絶望)は Spes(希望)と対でありエメラルド 35.Tristitia saeculi(この世の苦しみ)は Coeleste gaudium(天上の喜び)と対応しカルセドニー」といったように35種類の心身にわたる心痛による硬化と心痛からの救済の美徳を意識し、自分の中の感情を美徳に昇華させることが健康になると。身体と精神はつながっている。
例えば消化器官が弱いのは、何らかの感情を消化しきれてない、心臓が悪い時は、心が閉鎖的になっている。「人の身体には各器官と対応した35の力がある」と考えたのです。
ヨーロッパはキリスト教の影響が大きく、神とのつながりを意識し信じる心が支えです。ですが現代人はそれを失い不安に陥っているのでヒルデガルト療法が見直されていると。デュマン先生は元々社会教育者として、児童相談所で問題を抱える家族の世話や児童保護の仕事の中、これを実感されたそうです。
香りと心のケアをお伝えできますことを感謝とともに。皆様の安寧を祈ります。
[参考文献]
『ヒルデガルトの精神療法 35の美徳と悪徳』
シュトレーロフ著(フレグランスジャーナル社、2017年)
初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第61号 2022年9月