メディカルハーブの科学論文を読む 第三回:構造化アブストラクト
前回は、研究デザインのうち、臨床研究の中でもエビデンスレベルの高い「介入研究」を理解するときに重要な「リサーチクエスチョン」の構造化についてみていきました。研究者が検証したい仮説はリサーチクエスチョンに反映され、論文を読み解くには、まず、その研究のPICOの明確化が大切であることを述べました。今回は、前回呈示した以下の論文を読みとっていきましょう。
アロマセラピーは、健常高齢者の 認知機能改善に効果があるか?
―ランダム化比較試験による検証―
宗未来 他著、RIETI Discussion Papeers Series 21-J-003
この論文でのリサーチクエスチョン、PICOについて確認し (前回参照はこちら) 、論文の内容を以下のように大概的にとらえました。
「アロマセラピーには、健常高齢者の認知機能改善の効果があるか?」を検証するために、
健常高齢者を対象に精油を用いたアロマセラピーを実施、その結果について、精油の代わりに無水エタノールを用いたプラセボでの結果と比較すると、アロマセラピーは健常高齢者の認知機能の改善に有効であることが示唆された。
論文の構成
行った研究で得られた成果を公開することを目的とした科学論文では、内容について、いくつかの項目に従って記述し、理解を促します。論文の全体構成としては、「アブストラクト(要旨)」と「本文」があり、その本文は「背景→方法→結果→考察→結論」といった流れで記されます。最初に示されるのは「要旨」で、近年は「構造化アブストラクト」という形式をとることが多くなりました。
要旨
ここでは、論文に記した内容の骨子がわかるように、簡潔に記すことが重要です。「構造化アブストラクト」とは、先述した、本文の流れのとおりに項目を立てて要旨として記述したものをいい、論文の最初にその形式で記述されています。読者のみなさんは、ぜひこの論文をダウンロードして一緒に読んでいきましょう。以下、それぞれの項目に記されていることをポイントとして記してみます。
1. 背景
- 超高齢化社会を迎えた今、認知機能を改善するための方法を開発することは急務である。
- 認知症では、記憶より先に嗅覚が衰える。
- 嗅覚刺激は、記憶を司る海馬の神経新生を促すことから、認知機能改善につながることが期待される。
- これらに関する臨床試験でのエビデンスは未だない。
- アロマセラピーにより高齢者の認知機能が改善するかをRCT(ランダム化比較試験)で検証した。
2. 方法
- 対象は健常高齢者であり、60名の介入群(アロマ群)と59名の対照群(プラセボ群)とした。
- アロマ群では、朝晩2時間ずつアロマシールを洋服に貼った。
- プラセボ群では、アロマの代わりにエタノールを用いた。
- 効果をみるための主要評価項目は、注意機能検査のPASETを用いた。
- その他の評価項目として、記憶などの認知機能検査、対人信頼度などの心理社会学的評価を行った。
3. 結果
- PASET-2秒条件(記憶する対象が2秒間提示される)で、アロマ群はプラセボ群に対して有意な改善が認められた。
- 他の評価項目では、認知機能、心理社会学的評価ともほとんど有意差はなかった。
- ウェルビーイングと嗅覚の同定能力ではプラセボ群が優っていた。
4. 結論
- 注意機能は、脳機能の中でも加齢に伴い、まず低下する。
- 注意機能は、記憶や他の認知機能よりも、認知症や軽度認知障害を有する高齢者の自立生活破綻や危険運転などへの影響が大きく、重視されている。
- これらより、アロマセラピーで注意改善効果が示されたことの臨床的意義は大きい。
- 他の評価項目に改善が見られなかったことは、健常高齢者が対象であり、天井効果(学習実験などで、施行を重ねても遂行がそれ以上伸びない頭打ちの状態)により伸びしろが少なかったことも一因であると示唆された。今後の検証が必要である。
このように、構造化アブストラクトでは、研究の動機や進め方、結果とそれをどのように考えたかなどといったことについて、確認、理解と思考の流れを生み、明確に述べています。
これに続く本文では、項目を追いながら、さらに具体的に記述されています。次回は、理解や考察をより深めるために、本文に記されている内容を部分的にピックアップしながら、読み解いていく予定です。(続く)
参考
「google」で、「アロマセラピー RIETI」で検索。
初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第62号 2022年12月