2023.3.18

ハーブ療法の母・聖ヒルデガルトの自然学(16) 聖ヒルデガルトの幻視と受け取ったメッセージ、植物的神学

国際ヒルデガルド会 DanielaDumann 認定 ヒルデガルトヘルスケアアドバイザー

長谷川弘江

2022年は素晴らしい聖ヒルデガルト研究本と特集雑誌が出版されました。私も細々とヒルデガルト修道院でいただいた解説のパンフレットを訳しつつ、先生方の論文を読んでまとめていたので日本語で拝読できることを嬉しく思います。

ビンゲンのヒルデガルトの道の案内表示

まず、ご紹介したいのは、鈴木桂子先生の『ヒルデガルト・フォン・ビンゲン 幻視の世界、写本の挿絵』(中央公論美術出版 2022年11月)。本文648頁の大作で「教会博士・正式列聖10周年 ヒルデガルト・フォン・ビンゲン(1098-1179)の三大幻視著作に収められた数々の幻視。本書はそれらのヴィジュアルな側面を加齢という観点と造形世界との関連で追究し、幻視を描く写本挿絵について斬新な解釈を展開する。

鈴木桂子先生の書籍

またヒルデガルトが挿絵原作者かという問題にも著者ならではの方法論により深く立ち入る。幻視世界に焦点をあて、挿絵がほどこされた写本すべてを扱った国内外初の試み」という書籍です。

私は、2015年の上智大学中世思想研究所の講演会で、幻視と著作の挿絵の作成意図と当時の造形芸術の影響の研究についての鈴木先生のお話を拝聴し、その内容に心躍りました。幻視の中の色彩のうち、「緑」は特別で単なる自然風景の色ではなく「緑の力“viriditas”」として生命を創造する神の力であり、人はこの「緑の力」を強めるには「徳」を磨く必要があると。

また、ロマネスク時代の文字装飾に、植物に絡まれた人が見られるそうですが、写本の挿絵にはあまり植物は描かれておらず、植物モティーフは悪徳の擬人化と組み合わせられ、文字の装飾のようだと。「魂は木の樹液と同じであり、その力は木の枝のよう。知識は枝や葉の緑、意志は花、精神は最初の実、理性は完全に熟した果実。感覚はその大きさのよう」(「道を知れ」Scivias I.4.26)。聖ヒルデガルトの見た幻視が年齢とともに変化している様を一枚一枚解説されています。

特集雑誌は、『WORKSIGHT[ワークサイト]』17号 植物倫理 Plants/Ethics(コクヨ出版社 2022年10月)。「動きもしない。語りもしない。感情ももたない。そんな「生き物」と、人間はいかにして向き合うことが可能なのか。最も身近でありながら、最も遠い生き物との関係を考えるために、これまでとは異なる人間観や倫理が、わたしたちには必要なのかもしれない。植物・庭を手がかりに「ベジタル(植物的)な未来」を考察してみる「WORKSIGHT」リニューアル第1弾」に「植物こそ魂の核心 聖ヒルデガルトの植物的サイコ・フィジオ神学」を寄稿されたロシア出身の哲学者マイケル・マーダー氏(https://www.michaelmarder.org/)。

彼は、『Green Mass: The Ecological Theology of St. Hildegard of Bingen』をStanford Univ Pr(2021/9/7)から出版しています。この本には、哲学者マルシア・シュバックによる序文とチェリストによる音楽が、聖ヒルデガルトの自作曲と本書の各章の主要テーマと共鳴し、生きた世界を新たに発見するため作り出したオリジナル曲が、無料でストリーミングおよびダウンロードが可能となっています。

https://www.sup.org/books/extra/?id=33504&i=Audio%20Files%20and%20Captions.html

聖ヒルデガルトの“viriditas”(創造の植物的な力)という豊かな概念は、物理的現実と精神的高揚に対する彼女の深い理解を記し、聖なる火の熱情と燃え盛る世界の乾きとの間の共鳴に耳を傾けながら、「自然学」における温の植物と冷の植物、「マリアは枝、キリストは花」と花咲く植物から燃える砂漠まで、彼女の思想における交響的な多重性の中、宇宙を横断して、神と緑化がともに始まりも終わりもなく循環しているという、彼女のエコロジー神学の研究です。

『グリーン・ミサ』というタイトルには、二重の意味が込められていると。『道を知れ』Scivias I.4.26にある「人よ。自分の魂が何であるか理解せよ」は「自分が植物であることを知り、薄緑に彩られた知識は植物の成長の残照であることを知れ」と結びます。

3冊目は、シュトレーロフ博士のヒルデガルト治療院来訪にご一緒した飯嶋慶子さんと「ツム・ アインホルンzum Einhorn」シェフ野田浩資氏共著の『中世修道院の食卓 聖女ヒルデガルトに学ぶ、現代に活きる薬草学とレシピ』(誠文堂新光社 2022年12月)。

飯嶋さんの本のレシピを再現した料理(レンズ豆)

現地のヒルデガルトセミナーなどで体験したメニューも、シェフによって再現されています。聖ヒルデガルトの自然学など古文書による食材の意味や効果、解説と、現代の食卓に生かせるレシピはすぐに自分のキッチンで作れます。

飯嶋さんの本のレシピを再現した料理(魚料理:タラ)

もちろん、おススメの喜びのクッキー、スペルト小麦を使ったパンやパスタ、デザート、ハーブとスパイスのワインの紹介やローフードについての教え、最近判明した聖ヒルデガルトの王冠についても。彼女の宝石のついた王冠は、スイスのアベッグ財団美術館で展示されています(https://abegg-stiftung.ch/en/collection/high-middle-ages/)。

『庭仕事の真髄―老い・病・トラウマ・孤独を癒す』(スー・スチュアート・スミス著 築地書館 2021年11月)の「第2章 緑の自然と人間の中にある自然」でも宗教とガーデニングに聖ヒルデガルトと大地の力を紹介されています。

植物からのメッセージを受けとり、安寧が続きますこと、皆様のご健勝を祈りつつ。感謝と共に。 


国際ヒルデガルド会 DanielaDumann 認定 ヒルデガルトヘルスケアアドバイザー
長谷川弘江 はせがわひろえ
ヒルデガルトフォーラム・ジャパン副代表。英国ハーブ医学校通信課程修了。ハーブ医学とヒポクラテス、ディオスコリデス、プリニウス、パラケルスス研究の大槻真一郎氏、ドイツハイルプラクティカー連盟(BDH)副会長・民族医療協会"Gyu zhi"主宰ペーター・ゲルマン氏に師事。伝承と身近な植物のルネサンスをテーマに活動中。『ヒルデガルトの宝石論―神秘の宝石療法(ヒーリング錬金術)』大槻真一郎著(コスモスライブラリー)で解説を執筆する他、著書多数。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第63号 2023年4月