2023.3.20

メディカルハーブの科学論文を読む 第四回:本文を読み解く

日本メディカルハーブ協会学術委員

村上志緒

前号では、呈示した「アロマセラピーは、健常高齢者の認知機能改善に効果があるか?」というタイトルの論文について、アブストラクトの構造化によりポイントを挙げていきました。「背景→方法→結果→結論」といった構造で成り立つアブストラクトでは、研究の動機や進め方、結果とそのとらえ方などを確認して理解するといった思考の流れを生み、論文内容の大概的理解を容易にすることができます。
 
最終回の今回では、本文を読み進め、構造化の項目に沿ってさらに具体的な理解や考察を深めていきたいと思います。この論文は、全文で30頁を超えるものであり、検証事項の重要性、プロトコル、評価尺度の概要、問題点とその考察などを含め、非常に詳細になおかつわかりやすく記述されていますので、ぜひ論文をダウンロードしてご自身で読みながら進めることをお薦めします。ここでは、記す量に限りがあるため、前回みていった構造化アブストラクトを基に、重要な内容として理解したい部分を最小限ではありますが付記して文章としていきます。

背景

 
超高齢化社会を迎え、高齢者の認知症問題は、本人や家族への多大な負荷とともに社会的負荷も大きく、認知機能を改善するための方法を開発することは急務である。
 
認知症では記憶より先に嗅覚が衰えることが認められており、記憶障害に至る前に嗅覚の衰えを予防することができれば、認知機能の改善や認知症の予防や症状の改善につながることが期待できる。
 
嗅覚への刺激は記憶を司る海馬の神経新生を促すことから、認知機能の改善につながることが期待されるが、これらに関する臨床試験でのエビデンスは未だない。この研究では、嗅覚刺激を与えるアロマセラピーが、高齢者の認知症予防や認知機能回復のためのリハビリテーションとなり認知機能の改善につながるかをRCT(ランダム化比較試験)で検証した。

方法


本研究は慶應義塾大学病院精神・神経科で施行された。参加者は被験者(人材派遣事業者)での一次スクリーニングと、認知機能の異常がなく、定めた除外基準からの逸脱がないことを確認するための病院での面接による二次スクリーニングを行い、その後同意を得た健常高齢者であり、無作為割付により60名の介入群(アロマ群)と59名の対照群(プラセボ群)とした。平均年齢は各群とも69.5歳、男女比は各々53.3%、45.8%であり、事前スクリーニングの結果においても有意な群間差は認めなかった。
 
アロマ群では、朝用には交感神経系の活性化を目的としてローズマリーシネオール、ペパーミント、ティートリー、サイプレスの4種のブレンドを、夜用には副交感神経系を刺激して鎮静作用を目的としてラバンジン、スィートオレンジ、プチグレン、ラベンダーファイン、スィートマジョラム、レモングラス、バジルの7種のブレンドを用意し、プラセボ群にはエタノールを用意した。

各群には外見で識別不能なにおい液の入った瓶として渡し、毎回1〜2滴をシールに垂らしたものを「においシール」とした。試験期間は12週間、朝晩においシールを洋服の胸元に貼って嗅覚刺激とした。

効果発現の主要評価項目には聴覚性注意機能検査であるPASET(Paced Auditory Serial Addition Test)を用い、試験開始時と12週終了時の2回評価した。PASETでは2秒ないしは1秒間隔で読み上げられた数字を1回ずつ足し算していく。また副次的評価項目として、言語性記憶、全般的認知機能、抑うつ、ウェルビーイング、嗅覚同定機能などを同時に行った。また副次的な評価項目として、記憶などの認知機能検査、対人信頼度など心理社会学的評価を行った。試験終了時に、香りについての好き嫌いや有益有害事象の発生について聴取した。

結果

PASET-2秒条件(記憶する対象が2秒間提示される)で、アロマ群での正答数の得点増加が平均5.80であったのに対し、プラセボ群では平均2.48となり、アロマ群で有意な改善が認められた(p=0.0223)。副次的評価項目では、認知機能、心理社会学的評価ともほとんど有意差はなかった。

一方ウェルビーイングでは、介入前後の得点変化の平均がアロマ群で平均−0.19、プラセボ群で平均0.93と、プラセボ群が有意に勝っていた(p=0.038)。また嗅覚同定検査においても、アロマ群平均−0.54、プラセボ群平均0.22とプラセボ群が有意に勝っていた(p=0.012)。

結論

これらの結果より、アロマセラピーによる嗅覚刺激が注意機能を改善することが示唆された。注意機能は、加齢に伴いまず現れる脳機能の低下であり、記憶や他の認知機能よりも、認知症や軽度認知障害を有する高齢者の自立生活破綻や危険運転などへの影響が大きく、重視されていることから、アロマセラピーにより注意機能に改善効果が示されたことの臨床的意義は大きいと考えられる。

考察

ウェルビーイングを含め、睡眠や不安など通常アロマセラピーによる改善が得られる副次的評価項目で効果が見られなかったことは、これらに問題がない健常高齢者が対象であり、天井効果(学習実験などで施行を重ねても遂行がそれ以上伸びない頭打ちの状態)により伸びしろが少なかったことも一因であると考えられる。またアロマ群での精油のブレンドが各々の嗜好性や体質を鑑みず一律であったこと、供与される嗅覚刺激が未知であることへの不安や、副次的項目の評価に対して十分適した実験デザインではなかったことなども考えられる。集団対象のRCTでは、介入効果としての平均処理効果を重視しており、個人における治療効果やその不均一性との整合性をどう見つけるのかという課題を再認識した。これらには今後更なる検証が必要と考える。

この4回のシリーズでは一つの論文についてPICO→構造化アブストラクト→本文と読み進めていき、研究テーマを確認して概要を把握しながら詳細を読み解いていきました。今後、メディカルハーブに関する論文を読む機会も増えていくと思います。参考になれば幸いです。

[テーマとした論文]
宗未来 他著、アロマセラピーは、健常高齢者の認知機能改善に効果があるか?―ランダム化比較試験による検証―.RIETI Discussion Paper Series 21-J-003
ダウンロード元:https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/21010006.html

※「google」で、「アロマセラピー RIETI」で検索。

日本メディカルハーブ協会学術委員
村上志緒 むらかみしほ
株式会社トトラボ代表。薬学博士・理学修士。早稲田大学及び大学院理工学研究科修了。東邦大学大学院薬学研究科修了。植物療法学(民俗薬草文化、作用機序、特に向精神作用)を研究。日本、ネイティブアメリカン、そして南太平洋フィジーのハーブが研究テーマ。ハーブやアロマテラピーといった植物療法について、自然・生活文化・科学の観点から学ぶ講座を「トトラボ植物療法の学校」にて展開。東邦大学薬学部訪問研究員。東京都市大学など非常勤講師。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第63号 2023年4月