2023.7.2

ハーブ偉人伝: ガレノス

日本ガレノス協会理事長

後藤香織

医学の父、薬学の父といわれるガレノスは、しばしばヒポクラテスは善、ガレノスは悪として語られることが多いのです。そう思ってガレノスの文献を読んでいくと、1800年前にこれほど熱心に学び、人体を綿密に調べ、実験をし、記録をとり、薬草を収集し、分け隔てなく患者を治療した、そのような驚くべき人物だということがわかるのです。

ガレノスの人生①

ガレノスは129年の9月に小アジア(今のトルコ)ペルガモンで誕生しました。ギリシャ人とされることが多いのですが、ガレノスは自身を「ペルガモン人」と呼んでいました。

クラウディウス・ガレノスとヨーロッパ風の名前で伝えられていますが、これは後世になって変化したもので、もともとはギリシャ語でクラリスムス(輝く)・ガレノス(穏やかな)という名前でした。ガレノスは有名な建築家ニコノスの息子で、小さいころから英才教育を施されました。

青年時代には父ニコノスが「ガレノスが医師になる」夢を見たことから、ガレノスは医学をアスクレピオン(写真)にてサテュロスから学びました。

アスクレピオン

ガレノスが生まれた時代は、ペルガモンの歴史の中でも最も繁栄して、最も安全な時期でもありました。そのような豊かで安全な時期に高度な教育を受けられたことが一番の財産だったと思います。

ガレノスと解剖

ガレノスは解剖学の知識を求めて各地に留学して、解剖学の先達を訪ね歩きます。ガレノスは禁止されていた人体解剖の代わりに動物(猿、豚、犬など)を使い、動物実験にて臓器の機能も明らかにしました。

脳を12か所に分類し、脳神経を7対、視床、ガレノス静脈と呼ばれる大大脳静脈などを名づけました。末梢神経には運動と感覚があることを既に書いています(罹患した部位について)。

ガレノスの解剖の記述を読めば、その細かさと正確さには驚くばかりです。呼吸筋の仕組み(著作『胸と肺の運動について』)や、声を出すための神経が反回神経であること(『神経の解剖について』)なども見つけていました。

ローマ時代の医療器具

ガレノスと薬学

ガレノスが生涯にわたって活用した薬学知識もペルガモンでの青年期にその基礎がありました。ペロプスやサテュロスのような医学の師ばかりではなく、地元の様々な人から薬の知識を得ていました。

そして鉱山で産出した黄鉄鉱、リムノスの封印土、パレスチナのアスファルト、駱駝隊商から得たインドのクコ、キプロスの銅、インドのシナモンなど貴重な沢山の薬剤を旅をしながら一生使えるほどの量を収集していました(単体薬の混合と諸力について)。

トルコのハーブ

ガレノスといえば生薬やハーブを学ぶ方々には聞いたことがある「ガレノス処方」「ガレノスのコールドクリーム」というものがあります。ガレノス処方はオーダーメイドで薬を作ることをいい、後者はフランスの医師パレによってガレノスの著書からパレが再現し、「ガレノスはコールドクリームの発明者」と書かれました。

この記述は『養生論について』の中にあり、蜜蝋と松樹脂にオリーブオイルで各種薬草を抽出して混ぜ、そこに湯煎をしながら四分の一量の水やワインを加えて混ぜ乳化させるという方法が書かれています。また、2019年にフォロロマーノの下からガレノスの薬学実験室が発掘されました。

フォロロマーノ

ガレノスの人生②

ガレノスはアレキサンドリアで学んだ後、ペルガモンに剣闘士の医師として戻り、この時に「外傷は体の窓である」という言葉を残しました。生体解剖のできない時代に唯一の人体の中を探ることができるチャンスでした。

この後、ガレノスはローマに渡りました。ローマの書籍商が集まっている地区に住みました。いろいろな生体実験などもしました。また沢山の敵を作り出したともいわれています。

ペルガモン

ガレノスと栄養・運動・睡眠について

健康の三要素の栄養・運動・睡眠についてガレノスはすでに重要だと考えており、『食物の諸力について』には、当時の食べ物のことが詳細に書かれています。『養生法について』は高齢者の健康維持やマッサージやエクササイズ、食事療法について書かれていて、「小さな球を使った運動方法」にはどんな運動が理想的なのか、「睡眠」も『夢の兆候について』に夢から体の病気の情報を得ることが可能であることが書かれています。

ガレノスの人生③

ガレノスは217年にシチリアで亡くなった、あるいはエジプトで亡くなったなどの説がありますが、ペルガモンに残る伝説では晩年にペルガモンに戻ってきたと書かれています。ガレノスの生家は13世紀まで残っていたそうですが、その後わからなくなってしまったそうです。

2世紀においてこれほどの観察や薬剤の開発や治療をしたこと、これはとても先進的だと思います。眼識、創意、不屈の人物でした。ガレノスは日々の膨大な医学の情報をまとめ、それは患者を治したいという、ただその思いが彼の先進的な考え方を支えていたのでしょう。

日本ガレノス協会理事長
後藤香織 ごとうかおり
1963年生まれ。医学博士。専門は解剖学・生理学・栄養学。NPO法人日本ガレノス協会理事長。
.「イスラム世界から見たガレノスの作品」「ガレノスが著述したコールドクリームと現代への変遷」「パパティアについて」「トルコ・エーゲ地方のケキッキ」「トルコのアダチャイ
.(シデリテイス)とシデリテイス研究の動向」他

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第64号 2023年6月