2023.7.2

植物たちが秘める健康力 : 「命を救った」という言い伝えをもつ植物

甲南大学特別客員教授

田中修

多くの植物たちが、私たちの健康を支えてくれています。それらの中に、「病気から命を救った」という言い伝えをもつ野菜や果実があります。今回は、それら3種類の植物を紹介します。

「王様の食べる野菜」とは?

アラビア語で、「ムルキーヤ」とよばれ、「ムルヘイヤ」と転訛して、現在の植物名になったといわれる植物です。これはシナノキ科の植物で、原産地は、エジプトやアラビア半島辺りです。

昔、エジプトの王様が原因不明の難病になったときに、「この野菜のスープで治った」と言い伝えられます。そのため、この植物は「王様の食べる野菜」とよばれました。ところが、近年では、栄養がたっぷりであることが評価され、「野菜の王様」といわれています。

これはモロヘイヤです。日本では、20世紀末から栽培されはじめた、新しい野菜です。この植物は「ビタミン、ミネラルの宝庫」といわれ、ビタミンやカルシウムの含まれる量は、ホウレンソウやコマツナなどの量をしのぎます。また、ビタミンE、クロロゲン酸、ケルセチンなどの抗酸化物質が多く含まれます。

ただ、1996年10月、長崎県で、この植物の果実のついた枝を食べた五頭のウシのうち、三頭が死にました。この植物のタネには、「ストロファンチジン」という有毒物質が含まれているのです。市販されている葉っぱは、まったく安全ですが、この植物を家庭菜園で栽培する場合には、葉っぱ以外の花やタネを食べてはいけません。

「三毒を断つ果実」とは?

これはバラ科の植物で、原産地は中国といわれますが、日本も原産地であるとの説もあります。日本では、奈良時代前にすでに栽培されており、奈良時代に編纂された万葉集では、ハギに次いで多く詠まれている植物です。

この植物の乾燥させた果実は、「三毒を断つ」といわれます。三毒とは、水の毒、食の毒、血の毒です。

水の毒を断つのは、果実に含まれるカルシウムや鉄分、カリウムなどのミネラルがバランスの良い水にするからです。食の毒を断つのは、果実にクエン酸が含まれるからです。これは、唾液の分泌を促して消化を促進し、食欲を湧かせて、疲れの原因となる乳酸を分解します。

また、クエン酸には、解毒や殺菌作用、防腐力もあるので、食中毒を防ぐともいわれます。血の毒とは、酸性化されてどろどろになった血液を指します。この果実は、アルカリ性食品ですから、血液がどろどろになる酸性化を防ぎます。

これは、ウメです。昔から、「朝に一粒の梅干しを食べて出かけると、その日一日、難が逃れる」といわれて、私たちの健康を守ってきました。

お正月に無病息災を願って、ウメの果実と結び昆布をいっしょに飲む「大福茶(おおぶくちゃ)」というのがあります。その謂れは、平安時代の951年に、京の都に疫病が流行し、時の村上天皇が病に伏されたことにあります。このとき、天皇が服されたのが、カラカラに乾燥して萎んだウメの果実を白湯にいれたお茶でした。

天皇が服して治癒されたことから、「皇服茶」や「王服茶」と称されました。これにあやかって、毎年、元旦の朝に飲まれるようになったのが、現在の「大福茶」なのです。

「食中毒の若者の命を蘇らせた」とは?

この植物は、中国を原産地とするもので、平安時代から日本で栽培されています。この植物の葉っぱには、さわやかな香りがあり、「和製ハーブ」といわれます。香りの成分は、「ペリラ(ル)アルデヒド」が中心で、リモネンやピネンが含まれます。「ペリラ」は、この植物の英語名です。その香りには、抗菌作用が強く、細菌類の増殖を抑える作用があり、食べ物が腐るのを防ぎます。

これは、シソです。「命を蘇らせる紫の草」といわれ、漢字では、その意味を込めて、「紫蘇」と書かれます。この名前は、「カニによる食中毒で死にかけていた若者にこの植物の葉っぱを煎じて飲ませたところ、たちまち元気になって命を蘇らせた」という言い伝えに由来します。

この植物には、赤ジソと青ジソがあります。赤ジソは、アントシアニンを含み、梅干しなどに使われます。青ジソは、緑色の葉っぱで、香りの抗菌効果を期待し、刺身などに添えられます。

多くの植物の茎は丸いものですが、この植物の茎は四角です。茎が四角いのは、シソ科の特徴で、シソ科の仲間である、ラベンダー、ローズマリーなどの多くのハーブの茎も四角です。

2012年、京都大学の研究チームが「青ジソの成分が老化を予防する」という効果を発見しました。「DDC」と省略して表されるポリフェノールの一種である「2′,3′-dihydroxy-4′,6′-dimethoxychalcone」が、その効果をもたらすのです。

この物質によって、老化を予防するためには、「一日数キログラムの青ジソを食べる必要がある」ということでした。毎日、そんなに多くは食べられませんから、この物質は薬として開発され、利用されることが期待されます。

甲南大学特別客員教授
田中修 たなかおさむ
京都大学農学部卒、同大学院博士課程修了(農学博士)。米国スミソニアン研究所博士研究員などを経て、現職。近著に、令和の四季の花々を楽しむ『日本の花を愛おしむ』(中央公論新社)、食材植物の話題を解説した『植物はおいしい』(ちくま新書)、からだを守り、子孫につなぐ驚きのしくみを紹介した『植物のいのち』(中公新書)など。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第64号 2023年6月