2024.2.5

シナモン・ケイヒの産地による成分の違いについて

城西大学薬学部薬科学科准教授

鈴木龍一郎

ケイヒ(医薬品用途)
シナモン(食品用途)

はじめに 

植物は様々な化学成分を創り出しています。私たちは、この植物が作り出す化学成分を生活の中で上手に活用してきました。例えば、私たちが普段使用している医薬品の中には植物成分をそのまま、あるいは少しだけ有機化学的に形(化学構造)を変えたものが多くあります。医薬品以外にも食品添加物として使用されているものや、香料として用いられているものもあります。有史以来、私たちは植物の創り出す化学成分の恩恵を受けてきました。

今回は、香料として有名なシナモンの化学成分についてご紹介したいと思います。近頃は温かい飲み物が恋しく感じられる季節となりましたが、グリューワイン、ヴァン・ショーなど国によって呼び名が様々なホットワインにはシナモンが使われています。このシナモンは、お菓子の香りづけにも用いられるスパイスですのでご存じの方も多いと思いますが、実は医薬品としても古くから使われてきました。

医薬品(生薬)として用いるものは、ケイヒ(桂皮)と呼び、スパイスとして用いるものとは厳密には異なる植物ですが、シナモンの仲間であり特有の甘い香りを有しています。スパイスとして用いる「シナモン」であっても、医薬品として使用される「ケイヒ」であっても、これらは多くの成分からなる「混合物」であり、それらが示す複雑な香りや味、身体に対する効果は含まれている一つの成分では説明できない、という特徴があります。

このことは精油(エッセンシャルオイル)においても言えることですが、このような混合物を扱う上で重要なことは、それらの品質をどのように評価するか、ということになります。普段私たちが使用している化学合成された医薬品であれば、有効成分が何で、その有効成分がどれだけの量、含まれているかということが分かっていますので、その品質は比較的容易にコントロールすることが可能です。しかし、シナモンに代表されるスパイスにはどのような成分がどれだけ含まれているか、生薬であれば何が有効成分かすら分かっていないケースが実は多くあります。このようなスパイスや生薬の品質の良し悪しを判断することは、大変難しいことです。

ここでは私たちが確立した分析手法を用いて行った、シナモン及びケイヒの品質の評価についてご紹介したいと思います。

ケイヒ・シナモンについて 

ケイヒ(桂皮・CINNAMOMI CORTEX)は、Cinnamomum cassiaの樹皮又は周皮の一部を除いたもので、中国最古の薬物書『神農本草経』の上品に「菌桂」及び「牡桂」の名で収載されており、風邪薬や保健強壮薬などの漢方薬に多用される生薬の一つです。ケイヒの抽出エキスには腸の蠕動運動を亢進させる作用があるほか、発汗解熱作用や殺菌作用、抗アレルギー作用などが知られています。それ以外にも芳香性健胃薬としての作用も有しており、食欲不振、消化不良の改善に用いられています1)

ケイヒの基原植物C. cassiaはクスノキ科(Lauraceae)ニッケイ属(クスノキ属)に属し、主に中国南西部およびベトナムで産出されます。厚生労働大臣が定める医薬品の規格基準書である日本薬局方ではケイヒの基原植物はC. cassiaのみが規定されていますが、ニッケイ属にはC. cassia以外にもC. zeylanicumC. verm、セイロン桂皮)やC. burmannii(ジャワ桂皮)などがあり、これらはその特異な芳香と甘味と辛味から主に香辛料シナモンとして利用されています。Cinnamomum属には精油が1~3.5%程度含まれており、成分としてはcinnamaldehyde、eugenol、cinnamyl acetateなどが知られています(図1)2)

図1 ケイヒに含まれる成分の化学構造

Cinnamomum属は種によって精油成分であるcinnamaldehydeの含有量が異なるほか、C. zeylanicumにはeugenolも含まれていることが明らかとなっています3、4)。しかし、C. cassiaを含めて種による含有成分の違いに関する研究は限定的であり、cinnamaldehydeやeugenol以外の成分で種に特徴的なものを明らかにすることは品質評価の上で重要です。

そこで本研究では市場に流通する医薬品用途のケイヒとスパイス用途のシナモンを入手し、それらの成分の比較を行いました。通常、含まれている成分の分析には高速液体
クロマトグラフ(high performance liquid chromatograph、 HPLC)やガスクロマトグラフ(gas chromatograph、 GC)が使用されるのですが、今回は核磁気共鳴(nuclear magnetic resonance、 NMR)装置と呼ばれる装置を用い(図2)、この分析装置で得られたデータを統計処理することでケイヒとスパイスの成分の比較を行いました5)

高速液体クロマトグラフ
ガスクロマトグラフ
核磁気共鳴装置

図2 成分分析に使用される分析装置

実験方法

日本薬局方(日局)で規定されているケイヒ8種(No.1〜3、 8〜12)と香辛料として用いるシナモン4種(No.4〜7)を入手し(表1)、メタノールで加熱還流抽出を行い、抽出エキスを調製しました。メタノールを減圧下で留去後、各サンプルを10mg/mLとなるようにNMR測定用溶媒dimethyl sulfoxide-d6に溶解し、1H NMR スペクトルを測定しました。得られた1H NMR スペクトルはAlice2 for metabolome(JEOL)に供し、バケット積分とそれに引き続く主成分分析 (Principal Component Analysis:PCA)を行いました。またバケット積分したデータは、統計解析ソフトJMP13(SAS Institute Inc.、 Cary、 NC、 USA)を用いて階層型クラスター分析(Hierarchical Cluster Analysis:HCA)も実施しました。

実験結果

ケイヒとシナモンの成分の違いについて

ケイヒ8種、シナモン4種のメタノールエキスのPCA score plotを図3に示します。それぞれの点が各サンプルにあたりますが、score plot上で点同士が近いものは含まれている成分が類似していることを意味しています。今回、ケイヒとシナモンはscore plotにおいて第二主成分(PC2)軸上で2つに大別することができました。シナモンのうち、4は他のシナモンと離れたところにプロットされましたが、これは他のシナモンの産出地がスリランカであったのに対し、PC2軸においてケイヒに近かった4の産出地は中国であったことに起因していると考えられました。一方、医薬品用途で用いるケイヒについても、産出地の違いはPC2軸で説明が可能であり、中国産のものとベトナム産のものは、それぞれ別々にカテゴライズされ、さらにベトナム産は2つのグループに分けることが可能でした。

図3 主成分分析(PCA)Score plot

次にバケット積分したNMRデータを階層型クラスター解析に供しました。その星座樹形図を図4に示します。この星座樹形図から今回分析に用いたサンプルは、ベトナム産のケイヒ2、9、12のグループとそれ以外に分類され、後者は更にシナモンとして用いるスリランカ産5、6、7と中国及びベトナム産の日局ケイヒに分類することができました。PCAのscore plot上でほかのシナモンと離れてプロットされた4は星座樹形図においてもほかのシナモンと異なるところに位置しました。これらのことから香辛料として用いられるシナモンと医薬品として用いるケイヒは含有成分が異なり、さらに医薬品用途のケイヒであっても産地によって含有成分に差異があり、とくにベトナム産においては同じ産地であってもサンプルによって含有成分が異なることが確認できました。

図4 階層型クラスター解析(HCA)星座樹形図

まとめ 

今回の研究においては、分析装置としてNMRを用い、得られたスペクトルデータを統計処理することで医薬品用途のケイヒとスパイス用途のシナモンの成分の比較を行いました。その結果、医薬品用途のケイヒと香辛料として用いるシナモンは含有成分が異なり、医薬品用途のものにおいても産出地によって含有成分が異なることが明らかになりました。また、ベトナム産のケイヒにおいては、同じ産地であるにも関わらず、サンプルによって含有成分が異なることは大変興味深いことです。

今回、ケイヒ、シナモンの品質を評価する手法として、NMR測定により得られたスペクトルを統計処理する方法をご紹介致しましたが、この手法は精油・エッセンシャルオイルの品質の評価にも適用できるものになります。精油はこれまでの研究から、含まれている成分が既に明らかになっていますが精油が示す効果は含まれている成分1つ1つに依るというよりは、含まれている成分の総和に依ると考えられます。

従って、精油に含まれる何か1つの成分の含量に基づいて、品質の良し悪しを判断することは難しいのではないかと考えています。今回ご紹介した方法のように、分析装置で検出できるすべての成分のデータを統計処理することにより、適切な品質の評価が可能であったり、基原となる植物の産地や採取時期などを判断できるのではないかと思います。分析装置や分析方法は常に進化していますので、新しい方法を取り入れ、それぞれの精油が示す「個性」を分析によって表現していきたいと考えています。

今回ご紹介した内容は表面的であったため、分かりにくい所もあったかと思います。ご不明な点については、ご連絡頂ければ改めて説明をさせて頂きたく存じます。最後に、今回の話題が読者の皆様のお役に少しでも立てば幸いです。

謝辞

この度、執筆の機会を与えて頂きました日本メディカルハーブ協会に厚くお礼申し上げます。また、本研究の一部は文部科学省科研費(16K08302)による助成を受け実施したものになります。併せてお礼申し上げます。

[参考文献]

1) 笛木司他、日東医誌、68, 281-290, 2017.
2) 浜野朋子他、生薬学雑誌, 50, 384-388, 1996.
3) Wang Y. H., et al., J. Agric. Food Chem., 61, 4470-4476, 2013.
4) Ford W. P., et al., J. AOAC Int., 102, 363-368, 2019.
5) Suzuki R., et al., J Nat Med. 76, 87-93, 2022.

城西大学薬学部薬科学科准教授
鈴木龍一郎 すずきりゅういちろう
2005年明治薬科大学大学院博士課程修了 博士(薬学)。独立行政法人理化学研究所 協力研究員、大正製薬株式会社セルフメディケーション開発研究所 研究員を経て、2017年より現職。専門は天然物化学で、私たちの生活に役立つ植物成分を探しています。 ryu_suzu@josai.ac.jp

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第66号 2023年12月