2024.2.9

2型糖尿病患者におけるうつ病および不安症に対するレモンバームの効果

日本メディカルハーブ協会学術委員

河野加奈恵

2型糖尿病とうつ病は双方向的に影響する。2型糖尿病でうつ病や抑うつ症状を発症するリスクが上がり、また、うつ病により糖尿病を発症しやすくもなる。また、糖尿病とうつ病を合併することで、服薬アドヒアランスの低下、血糖コントロールの悪化、および慢性炎症と免疫応答への影響により、糖尿病の病態が悪化しやすく、糖尿病の合併症が重症化しやすい。

2型糖尿病患者では炎症マーカーの高感度CRP(hs-CRP)の上昇とうつ病の有病率の高さとが関連しており、糖尿病の経過を良好にコントロールするためには、うつ病、不安症、および炎症の適切な治療が必要だ。また、うつ病を単独で治療するよりも、うつ病と糖尿病の両方の問題に対する適切なアプローチがより効果的であると考えられている。

ところが、抗うつ薬や抗精神病薬は糖代謝に影響を与えるものもあり、糖尿病における抗うつ薬の選択や糖尿病治療薬と抗うつ薬との併用が難しい場合がある。現在、海外では慢性疾患の管理に補完代替療法が広く使用されており、各疾患の分野において標準治療と副作用が少ない補完代替療法との組み合わせに関して多くの研究が行われている。糖尿病管理においても、糖尿病治療と安全に併用できる副作用の少ないメディカルハーブの活用が補完代替療法として期待されている。

強力な抗酸化作用や鎮静作用を持つレモンバーム(Melissa officinalis)は、これまで様々な動物やヒトの研究で、抗炎症、抗酸化、抗うつ、抗不安、抗糖尿病、心血管保護効果および抗高脂血症効果があると報告されている。しかし、うつ病症状を有する2型糖尿病患者におけるうつ病、不安症、睡眠の質、およびhs-CRPに与えるレモンバームの影響を検証した臨床試験は存在していないため、この度、その効果を検証するためにランダム化二重盲検プラセボ対照臨床試験が実施された。

被験者として、軽度のうつ病を有する2型糖尿病患者で、インスリン以外の血糖降下薬を服薬しており、サプリメント、抗うつ薬、鎮静薬、または抗不安薬の使用をしていないなどの条件にあった20~65歳の男女60人が選別された。

用意されたレモンバーム抽出物は、レモンバームの地上部全草を洗浄、乾燥、粉砕し、ヒドロアルコール(70%)の溶媒を用いてエキスを調製した。レモンバーム抽出物の総フラボノイド含有量は1グラムあたり148.06 mgのルチン相当物質、総フェノール含有量は1カプセルあたり8.10 ± 0.04 mgのロスマリン酸であった。

60人の患者が介入群と対照群にランダムに割り当てられ、介入群の患者は1日にレモンバーム抽出物を2カプセル(1カプセルにつきレモンバーム抽出物 350 mg含有)、プラセボ対照群の患者は1日に焼いた小麦粉(Triticum aestivum)含有の2カプセル(1カプセルにつき焼いた小麦粉 350 mg含有)を、昼食後と夕食後に服用した。治療期間は12週間で、ベースラインおよび6週間および12週間後に、国際標準化身体活動質問票(IPAQ)で運動量を、24 時間思い出し法による食事摂取量調査で患者の1日のエネルギー摂取、微量栄養素、およびマクロ栄養素が測定された。また、ベースラインおよび研究終了時に、ベック抑うつ質問票(BDI-II)、ベック不安症尺度(BAI)、ピッツバーグ睡眠質問票(PSQI)を用いてうつ病、不安症、および睡眠の質を評価、また、空腹時血糖(FBS)、hs-CRP、および身体測定値(体重、BMI、ウエスト/ヒップ比)が測定された。

44人の患者(介入群23人、対照群21人)が研究を完了した。介入群では、研究終了時にベースラインと比較してベックスコアにおいてうつ病(P < 0.001)と不安症(P = 0.01)の症状の有意な改善が見られ、対照群との比較でもうつ病(P < 0.001)と不安症(P = 0.04)ともに著しい改善が認められた。また、研究中には有害な効果の報告はなかった。しかし、FBS、hs-CRP、睡眠の質、血圧、および身体測定値で、介入群と対照群間で有意な差異はなかった。

この研究では、2型糖尿病患者においてレモンバーム抽出物の摂取がうつ病と不安の症状を軽減させる結果が出たが、その他の測定値において有意差が出なかったことに関して著者は次のように考察している。

レモンバームは多くの動物およびヒトの研究において、抗うつおよび抗不安効果の他にも、血糖降下、抗炎症、睡眠の改善、降圧、およびBMIの低下の効果を示しているが、本研究を含め効果を示されなかった研究もあり、未だ一定の結果が出ていない。

各作用においてレモンバームが効能を示す機序に関しては、これまでの研究により以下メカニズムの可能性が示唆されている。

うつ病では、コルチゾールレベルの増加およびγ-アミノ酪酸およびグルタミン酸などのサイトカインのサイクルの変化が発生するが、レモンバームはコルチコステロンレベルを低減し、生理的なストレスと関連する最も貴重なバイオマーカーであるγ-アミノ酪酸レベルを増加させることが示されている。

GABAA受容体の機能障害は不安症状と睡眠障害の症状と関連しているが、レモンバームに含まれるロスマリン酸は、γ-アミノ酪酸トランスアミナーゼ(GABA-T)を阻害することによりGABA作動レベルを増加させ、また、GABAA受容体に対する中等度の結合活性を持つことが、抗不安および催眠効果に寄与すると考えられている。

また、レモンバームは肝臓グルコキナーゼ、GLUT4(グルコーストランスポータータイプ4)の発現の増加、およびグルコース6-ホスファターゼおよびリン酸エノールピルビン酸カルボキシキナーゼの発現の減少を促すことにより、血糖低下作用をもたらすと考えられている。

抗炎症作用については、ロスマリン酸がNF-κB核転写因子を阻害し炎症を軽減するとされている。

著者は、今回の研究で使用したレモンバーム抽出物の投与量が過去の研究と比べて十分ではなかった可能性とサンプルサイズの小ささが制限であったとし、レモンバームが睡眠障害、血圧、および身体測定値に及ぼす影響については、より大規模な臨床試験によりさらに調査するべきとした。

より大規模な試験によるさらなる効果的な治療法の開発が待たれるが、今回の研究でレモンバーム抽出物の1日700mgの摂取が安全に糖尿病治療薬と併用することが可能で、うつ病および不安症の症状を副作用がなく軽減できることが示された有意義な研究だ。 

〔文献〕

  • Safari M, et al. The effects of melissa officinalis on depression and anxiety in type 2 diabetes patients with depression: a randomized double-blinded placebo-controlled clinical trial. BMC Complement Med Ther. 2023 May 2;23(1):140. doi: 10.1186/s12906-023-03978-x.