Matricaria rectita(ジャーマンカモミール)の花の成分、アピゲニンは抗不安作用を有す る中枢神経系のベンゾジアゼピン受容体リガンドである。
Matricaria rectita(ジャーマンカモミール)の花の成分、アピゲニンは抗不安作用を有する中枢神経系のベンゾジアゼピン受容体リガンドである。
原題:
Apigenin, a component of Matricaria recutita flowers, is a central benzodiazepine receptors-ligand with anxiolytic effects
H.Viola1, C.Wasowski2, M.Levi de Stein1,C. Wolfman1, R. Silveira3, F.dajas3, J.H.Medina1, A.C. Paladini2,4
1 Instituto de Biologia Celular, Facultad de Medicina, Paraguay 2155(1121), Vuenos Aires, Argentina
2 Instituto de Quimica y Fiscoquimica Biologicas, Facultad de Farmacia y Bioquimica, Junin 956(1113), Buenos Aires, Argentina
3 Instituto de Investigaciones Biologicas “Clemente Estable”, Avda Italia 3318, (11600) Montevideo, Uruguay
4 連絡先
1994年8月21日受領、1994年11月19日改訂
要旨
Matricaria recutita L.(キク科)の乾燥花は民間療法では調合して鎮痙および鎮静のための茶 剤として使用される。本試験ではこの植物の水溶性抽出液を分画し、中枢神経系のベンゾジアゼ ピン受容体に優位な親和性を持ついくつかの分画を検出し、その中のひとつである 5,7,4’-トリヒ ドロキシフラボン(アピゲニン)を単離および同定した。アピゲニンは競合的にフルニトラゼ パムと 4μM の K1 の結合を阻害したが、ムスカリン受容体、α1-アドレナリン作用性受容 体、およびムシモールの GABAA 受容体への結合には作用しなかった。ベンゾジアゼピンと 同等量のアピゲニンは高架式十字迷路法において鎮静または筋弛緩の作用を示すことなく、 マウスに明確な抗不安作用を発現し、鎮痙作用は見られなかった。しかし用量を 10 倍に増 量すると明らかに歩行運動量が26%、ホールボード(hole-board)パラメータが35%減少し、 軽度の鎮静作用が発現した。本稿で報告する試験結果によりアピゲニンは中枢神経系ベン ゾジアゼピン受容体のリガンドで、抗不安作用、僅かな鎮静作用を示すが、鎮痙作用、筋 弛緩作用は見られなかったことを示す。
キーワード
Matricaria recutita、キク科、カモミール、フラボノイド、アピゲニン、鎮静、抗不安作用、 探索、運動、痙攣
諸言
Matricaria rectita L.(キク科、カモミール)の乾燥した花頭は消炎、抗菌、殺菌、抗真菌、抗ヘルペス、鎮痙、鎮静の特性を示すことが報告されている。欧米ではカモミールは高く 評価され、最も人気の高いハーブの温浸剤のひとつとして調合され、利用されている(参考資料 1)。アメリカ大陸南部地域ではカモミールは主に鎮痙、鎮静のための茶剤として民 間療法で使用されている。しかし、この民族薬理学では抽出液のどの有効成分に鎮静作用 があるのかさえも同定されてこなかった(1)。
クリシン(5,7-ジヒドロキシフラボン)が存在することから Passiflora coerulea L.の抗不安 作用が明らかであることを我々は最近報告した(2)。このフラボンは in vitro 試験において 3 μM の Ki と競合するベンゾジアゼピン受容体(BDZ-R)のリガンドとして作用する。上述の 所見に基づき、BDZ-R 結合アッセイ誘導の精製により M.recutita の花の水溶性抽出液にお いて抗不安作用を示す BDZ-R リガンドの存在の可能性を調査することを決定した。
材料と試験方法
アピゲニンの単離
Matricaria recutitaの乾燥した花のついた茎を地元のエルボリストリ(ハーブを販売する薬局)で入手し、ブエノスアイレス大学薬学・生化学部植物学博物館(Museum of Botany,Facultad de Farmaciay Bioquimica,Universidad de Buenos Aires)において学部長(Director)のJ.L.Amorin博士が確認した。証拠標本(J.L.A.3001)は博物館内に保管された。
材料を粉砕機にかけ、粉砕した材料100gを500mlの水に入れ、30分間火にかけて濾した。得られた水溶性抽出液を凍結乾燥し、残留物は少量の水に溶解して、pH5のジエチルエーテルで完全に抽出した。回収したエーテル抽出液は低温で蒸発させ、残留物は逆相高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により分離させた。使用したC-18カラムは201TP54(0.46cm×25cm;粒径5μm;分析)および201TP510(1.0cm×25cm;粒径5μm;分取)で、どちらもSeparation Group(Hesperia,CA,USA)製である。
分析クロマトグラフィーにはLKB-Pharmaciaクロマトグラフ・モデル2150/2152を、高流量を回避するために分取クロマトグラフィーにはISCOクロマトグラフ・モデル2350を採用した。どちらのHPLC型にも同様に水(10~50%,60min)とアセトニトリル(ACN)のリニアグラジエントを使用した。流量は分析1ml/min、分取3.5ml/minであり、通常280nmで検出した。
中枢神経系BDZ-R結合アッセイ
試験はウシの大脳皮質(3)から得たシナプトソーム膜を丁寧に洗浄し、0.5nM[3H]-フルニトラゼパムをトレーサーとして使用し、対照条件下または阻害物質のある条件下でMedinaら(4)による著述に従い実施した。0.5nM[3H]-フルニトラゼパム(0.2nM-10nM)の様々な濃度を利用した飽和実験において置換率が確立された。非特異的結合は0.5nM[3H]-フルニトラゼパムの存在下で決定された。
薬理試験
全ての試験において試験開始15分前に溶媒または薬液をマウスに腹腔内投与した。
高架式十字迷路試験(elevated plus-maze test)
本試験によりげっ歯類(5-7)の不安を測定した。迷路は25cm×5cmの2つのオープンプラットフォームが35cmの壁に囲まれた同じ面積の2つのプラットフォームと水平に十字に交差しており、床から50cmの高さに設置されている。マウスは十字の壁で囲まれたアームに面した側の中央部分に置かれ、5分間オープンアーム(壁のない走行路)とクローズドアーム(壁で囲まれた走行路)に入った回数と滞在時間を測定する(6)。オープンアームに対応するパラメータの選択的増加により抗不安作用が示される(5-7)。
ホールボード試験(hole-board test)
ホールボード(hole-board)は壁に囲まれた60cm×30cm木製の床に等距離の穴(直径2cm)を4つ開けて設置する。マウスを床に置き、5分間、穴を覗き込む(head-dips)回数、立ち上がり行動(rearings)の回数を数え、穴を覗き込んでいる(head-dips)時間も測定する。対照と比較して3つのパラメータの低下は鎮静作用があることを示す(8)。
運動量試験(locomotor activity test)
Opto-Varimex装置を使用して本試験を実施した。この装置は15個の光ビームと光電池のついた2本の横方向のバーの間に置いたガラス箱(36cm×15cm×20cm)で構成され、5分間のマウスのすべての動きを自動的に検知する。光ビーム間の移動回数の減少は運動量の減少を反映する。
Horizontal-wire試験
直径1mm、長さ15cmのワイヤを実験台の20cm上に水平に張った。マウスは尾で自身を持ち上げ、前足でワイヤを掴んだり放したりすることが可能であった。5分間隔で2度試した後、前述の通りマウスに腹腔内投与し、15分後に試験を行った(9)。筋弛緩薬により3秒以内でマウスは少なくとも片足でワイヤを掴むことができなくなる。
痙攣試験
僅かに修飾されたアピゲニンのペンチレンテトラゾール(PTZ)誘導性痙攣の作用はMedinaらにより評価された(3)。マウスにアピゲニンまたは溶媒液を腹腔内注射した15分後にPTZ(50~80mg/kg)を投与した。表1のPTZ用量の差異は各試験で間代性痙攣のみを発現させるために必要な調節を表している。表1の試験を完遂するのに必要な日数は7日間である。
実験動物
我々の種畜の中から体重28~35gのオスCF1マウスを使用した。実験動物は10~12匹
ずつのグループに分け、水、飼料は自由に摂取できるようにし点灯サイクル12時間、消灯サイクル12時間とした。
被験薬
Sigma Chemical Co.(米国ミズーリ州セントルイス)の標準アピゲニン。その他の使用薬剤はすべて最高の解析用グレード。
試験結果
M.recutinaの花の水溶性およびエーテル性の抽出液の分取HPLCによりウシのシナプトソーム膜に対するBDZ-R結合アッセイで置換作用を示すいくつかの分画が顕現された。しかし29~35分(N°1)、35~48分(N°2)、56~66分(N°5)に抽出した分画のみが競合的に3H-FNZ結合アッセイを妨げた。プールされた分画は試験前に回転式真空蒸発器で濃縮された。これらの活性分画は抗不安作用の薬理試験に提出された(図1)。最も親水性の高い分画(ACN濃度約30%で抽出したN°1)で高架式十字迷路法で抗不安作用を示したのは1匹のみであった。
精製のガイドとしてBDZ-R結合アッセイを利用し、より多量のカモミールを分取HPLC分画に提出した。CAN濃度30%で溶出した活性分画は解析HPLCで前述の通りさらに精製し、標準アピゲニンとともにコクロマトグラフィー(同時色相分析)によりアピゲニン(精製度>90%)と同定した(図2)。UVスペクトルおよび薄層クロマトグラフィー(TLC)を使用して同定した(結果は非提示)。アピゲニンは3H-FNZと4μMのKiおよび0.95±0.07(n=3)のHill numberの結合を阻害した。飽和曲線のスキャッチャード解析(Scatchard analysis)は競合的相互作用を示した。濃度10μMのアピゲニンには3H-キヌクリジニルベンジル酸、3H-パラゾシン、3H-ムシモールの各々とムスカリン受容体、α1-アドレナリン作用性受容体、GABAA受容体との結合作用はなかった(結果は非提示)。
最大用量10mg/kgを投与されたマウスの自発歩行運動量のアピゲニンによる変化はなかった。30mg/kgおよび100mg/kgの投与では26~48%の運動量の低下があった。高架式十字迷路法による試験では、アピゲニン(3mg/kg <em>i.p.</em>)はオープンアーム(p<0.01)に入った割合とオープンアームの滞在時間(p<0.001)の両方を増加させた(図3)。合計のアーム入場数に差異は見られなかった。
ホールボード試験において低用量のアピゲニン(3mg/kg,i.p.および10mg/kg,i.p.)では、10mg/kgで立ち上がり行動(rearing)が僅かに増加した以外には測定したパラメータに変化はなかった。高用量(30mg/kgおよび100mg/kg)のアピゲニンは穴を覗き込む(headdipping)時間と回数(30mg/kg)、または立ち上がり行動(100mg/kg)を適度に減少させた。これらの作用は高用量のアピゲニンには軽度の鎮静作用があることを示している。Horizontalwire試験では100mg/kgi.p.未満のアピゲニンには効果が見られなかった。対照的にジアゼパム(3mg/kg.i.p.)は明らかな筋弛緩作用を示した。
80mg/kg未満のアピゲニンはPTZ誘発性痙攣を防止しなかった(表1)。しかしながら20~80mg/kgのアピゲニンは間代性痙攣の発現時間を大幅に増加させた。
解説
本試験でM.recutitaにはいくつかのBDZ-Rリガンドが含有されていることを示した。その中のひとつである5,7,4’-トリヒドロキシフラボン(アピゲニン)と同定された成分は興味深い薬理学的特性を示している。ちなみにアルゼンチンおよび近隣諸国で育つカモミールはそれ以外の国の他の種よりも遊離アピゲニン(free apigenin)含有率が非常に多いことが示されている(10)。
Passiflora coeruleaから単離されたアピゲニン様クリシン(3)は低マイクロモル濃度でcentral BDZ-RとKiを結合させ、3<em>H</em>-FNZとウシの脳内シナプトソーム膜の結合の競合的阻害を示した。どちらのフラボンも従来のBDZに使用するのと同等量で鎮静および筋弛緩作用を発現することなく抗不安作用を示す(2)。実際に高架式十字迷路でオープンアームへの入場および滞在時間の割合はクリシン(2)、アピゲニン(本試験)ともに増加しており、抗不安作用の明確な予測となる(5-7,11)。
低用量のアピゲニンでは、ホールボード試験の覗き込み(head dipping)、自発運動量(図4)、および高架式十字迷路試験(図3)のアームへの総入場回数で低用量のアピゲニンでは変化が見られなかったことは、アピゲニンの抗不安作用を誘発する用量では鎮静作用は示さないことを示唆している。しかし、用量を10倍に増やすと運動量は26%減少し、覗き込み(head-dipping)の回数、時間ともに僅かながら優位に低下した(図4)。これらのデータはおそらく高用量のアピゲニンが鎮静作用を有することを反映している。しかし、従来のBDZでは抗不安を誘発する用量(3~6mg/kg)よりも5~10倍の用量を注射すると、これらのパラメータが大幅に低下する(>80%)ことを覚えておかなければならない(2,11,12および未発表の観察事項)。
カモミール抽出液またはその成分の混合液の他の生物学的作用に関する登録文献(1参照)。例えばDella Loggiaら(13)は、ホールボード試験においてマウスの自発運動量の低下が記録されていることから抽出液の中枢神経(CNS)における抑うつ性作用を指摘した。また軽度の催眠作用も示された。しかし、これらの薬理作用はこの植物の未精製の抽出液から得られることが非常に重要である。実際に我々の予備試験で未精製の水溶性抽出液はCNSで抑うつ性作用を示したが、本稿に提示した試験結果がカモミールの浸剤の鎮静作用を支持していないのは、アピゲニンがこの植物の乾燥重量の50%を超えていないのであれば、単にアピゲニンが含有されていたことが理由だからである。
結論として、本試験結果はアピゲニンを腹腔内投与されたマウスは抗不安作用を示したが、CNSに顕著な抑うつ作用の発現はなかった。アピゲニンにBDZ-Rの部分的アゴニストとしての作用があるかどうかを決定するには更なる試験が必要である。
謝辞
本試験に対してNational Research Council of Argentina,the University of Buenos Aires,the Organization of American States,The International Foundation for Science(Sweden)から助成いただいた。
参考資料
原文参照)
表1マウスのPTZ誘発性痙攣に対する腹腔内投与したジアゼパムまたはアピゲニンの作用用量(mg/kg)aマウスのN数間代性痙攣のマウスの%潜伏期間(秒)(数値は原文参照)
a 試験においてペンチレンテトラゾールの痙攣を発現する用量は50~80mg/kg(資料および試験方法参照)
b 数値は中央値として括弧内に四分位数範囲で表示
c *p<0.05,**p<0.01,***p<0.001(Mann Whitney Utest)
図1 腔内投与20分後の5分間試験の成績(結果参照)(投与量は1匹当たり植物原料の0.5gと同等)。結果表示は%±SEM、それぞれ総入場回数(白色の棒グラフ)、オープンアーム入場%(黒色の棒グラフ)、オープンアーム滞在時間%(斜線入り棒グラフ)。値はそれぞれ14±2.9;13.5±2.6、5.5±2.7。*p<0.01、対照群とは優位差あり(Dunnett’st test after ANOVA)。使用したマウス数は括弧内に表示。
図2 CAN濃度30%で溶出した分画の主要成分であるアピゲニンを同定。コクロマトグラフィーHPCLを解析C18カラムで実施(材料および試験方法参照)、ACN濃度27~32%、直線勾配溶出、15分間。A:精製分画1、25μℓ(結果参照)。B:精製分画1、25μℓ(結果参照)および真正アピゲニン(authentic apigenin)4μg。C:真正アピゲニン(authentic apigenin)10μg。溶出のmain peakは3例とも11.2分。B、CのMinor peakは標準アピゲニンの不純物に出現。
図3 高架式十字迷路法で溶媒(VEH)またはアピゲニン(用量はそれぞれ1,3,10mg/kg)をマウスに腹腔内投与20分後の5分間試験の成績。結果表示は中央値(±SEM)、総入場回数(白色の棒グラフ)、オープンアーム入場%(黒色の棒グラフ)、オープンアーム滞在時間(秒)(斜線入り棒グラフ)。*p<0.01、対照群とは優位差あり(two tailed Dunnett’s test after ANOVA)。使用したマウス数は括弧内に表示。
図4 ホールボード試験で溶媒(VEH)またはアピゲニン(用量は3~100mg/kg)をマウスに腹腔内投与20分後の5分間試験の成績。結果表示は対照群に対する%(±SEM)、覗き込み回数(白色の棒グラフ)、覗き込みの時間(斜線入り棒グラフ)、立ち上がりの回数(黒色の棒グラフ)。*p<0.05、**p<0.02、***p<0.005(Student’stest)。各群のマウス数は12~19匹。
(翻訳:椎名佳代)
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本研究はジャーマンカモミールなどのハーブやパセリなどの野菜に含まれているフラボノイドのアピゲニンが抗不安薬や睡眠薬であるベンゾジアゼピン系薬物の受容体に結合することを示したものです。
一般にハーブは「こころと体の両方に働きかける、または作用する。」と言われますが、具体例としてはラベンダーやローマンカモミールの芳香成分が、
1 嗅覚経路でこころを鎮め、2 同時にこころと体はつながっているために体にもリラックス反応が起きる・・・といったイメージが捉えられていることが多いように思います。ところが本研究が示すように芳香成分ではなく、またハーブや野菜に比較的幅広く含まれるフラボノイドに抗不安作用があることはもっと注目されてよいことのように思います。
またハーブの成分が高架式十字迷路法といった医薬品の前臨床試験に用いられるような行動薬理的手法でエビデンスが問われていることもこの領域の信頼性を高める意味でももっと多くのひとに知っていただきたいと思います。
以上のような意味で本研究は比較的古い(1994年)論文ですが、価値のある論文であると私は考えています。
知っておきたい用語
リガンド(ligand):特定の受容体(レセプター)に特異的に結合する物質のことを言います。
(監修林真一郎)