2025.2.27

亜熱帯から花便り #最終回

石垣島サイエンスガーデン代表 ボタニカルアーティスト

橋爪雅彦

はじめに

 まず私用のためとはいえJAMHA冬号をお休みさせていただきましたことをお詫び申し上げます。

 思い返すと2024春号で20回目の投稿を数えるに至りました。その間、コロナ禍や地球温暖化の影響で島の暮らしも大きく変化しました。特に植物の開花に関しては変化が大きく、本来この号が出る頃から5月まで開花が見られるヒスイカズラが、昨年12月にたくさんの花をつけ、ずっと咲き続けています。その他に桜やフルーツ類、花木類など多くの花が狂い咲きとしてメディアを賑わせました。

 コロナ禍の間にひときわ目についたのが、植物や医学関係の方の来島です。特にウイルスの不活性化をもたらす植物の関係者が多かったように思われます、今回は八重山の植物のもつ力に焦点を当ててみたいと思います。

植物のもつ毒と薬

 沖縄では昔から薬草に関する研究が大変盛んでした。そして多くの書物が刊行されています。島のお年寄りたちは健康によいもの、疾病に効くものの知識も豊富で、何かあるとすぐに庭や野原から植物を取ってきて利用していました。また毒をもつ植物も工夫して利用することもありました。近年は科学も進みその成分が詳しく研究され、多くの現代医学にも利用されています。

●ミフクラギ 別名「オキナワキョウチクトウ」とも呼ばれ、排気ガスなどに強く街路樹としても多用されています。樹形が美しく、白い花と鶏卵くらいの大きさのマンゴーに似た実が特徴です。名前の由来は、枝葉などから出る乳液に触れた手で目をこすると腫れることから、沖縄の方言名である「目脹ラ木」(ミフクラギ)が和名になったものです。毒の成分はケルベリンなどで、白い乳液に触れると炎症を起こし、口にすると腹痛、嘔吐、痙攣などを引き起こします。インドから東南アジアに自生する近縁種のオオミフクラギは、この種子を食べて自殺する人も多く、「自殺の木」とも呼ばれています。沖縄でも古くは毒流し漁や殺鼠剤、殺虫剤などとしても利用されていました。この実は猛毒な成分をもつにもかかわらず、アクセサリーとしても出回っているようです。

ミフクラギ

●チョウセンアサガオ ダチュラやエンゼルトランペットとも呼ばれ、大きな朝顔のようなロート状の花をたくさん下垂させる豪華な花姿が特徴です。沖縄の庭先によく見かけられます。元々は250年ほど前に貴重な薬草として渡来し、華岡青洲が世界で初めて作った麻酔薬にも使われています。乾燥させた葉を燃やし、煙を吸うことで喘息の発作を和らげたり、鎮痛、鎮静の効果が知られています。ただし、種子にスコポラミン、葉にアトロピン等の猛毒成分を有し、皮膚や粘膜から身体に吸収されると興奮、幻聴、めまいなどを引き起こし、死に至ることもあります。綺麗な花ですが、できるだけ人の手の届かない場所に植えるよう注意しなければなりません。

チョウセンアサガオ

●パッションフルーツ トケイソウとも呼ばれる常緑の蔓性多年草です。世界には600種ほどの種があり観賞用と食用に分けて栽培されています。特に沖縄で食用として栽培されている品種はクダモノトケイソウと呼ばれ、鶏卵〜桃くらいの大きさの実は芳醇な香りとトロピカルな酸味、甘さが特徴で、ジュースやジャムに加工利用されています。また一部のトケイソウは全草をパッションフラワーティーとし、鎮静効果が高いハーブとして利用されています。原産地のブラジルでは喘息、百日咳など呼吸器系の民間薬に利用されています。近年は神経性の各種症状の治療薬としても広く使われています。若葉には青酸配糖体(体内に吸収されると青酸を発生させ呼吸を阻害させる)が多く蓄積されているため、家畜や小動物が食べないよう、牧場などの柵に這うように植えることが禁止されています。

パッションフルーツ

●トウワタ 頭頂部に黄橙色から緋紅色に変色する小さな花を、花束のように咲かせる南アメリカ原産の多年草です。この花はオレンジ色の翅に黒に水玉状の白の斑紋をもつ、亜熱帯・熱帯の代表的なカバマダラという蝶の食草です。トウワタの花壇にはこの蝶が群舞する姿がよく見られます。乳液にはビンセトキシン全草にはアスクレビアジンを含んでおり、間違えて摂取した場合軽度でも悪心、嘔吐、下痢などの症状を呈し、多量に摂取すると死に至ることもあります。カバマダラの幼虫はこの草を食べるため、体内に毒をもっており、鳥などの外敵に狙われることはありません。中国では「蓮生桂枝花」と呼び、利尿、扁桃炎などに用いています。

トウワタ

●サガリバナ サガリバナは淡水域の湿地帯に多く見られ、夜間に優雅で甘い芳香に充ちた、白や淡いピンクの一夜限りの花を咲かせ、朝には落ちた花が川面一面に漂うことで有名です。沖縄ではこの実を粉末に木灰と混ぜ川に流すことにより、魚を窒息させ、肉に影響を与えることなく漁ができる魚毒として利用していました。植物全体がサポニンを含む活性毒をもっていますが、東南アジアでは様々な効果があるといわれ、薬用としても利用されています。特にサガリバナの一種「赤花サガリバナ」は、オーストラリアの先住民アボリジーニの口伝により、この樹皮抽出物から強力な鎮痛成分が含まれていることがわかり、モルヒネの10倍以上の効果のある鎮痛薬の開発が始まっています。赤花サガリバナは石垣でも見ることができます。

赤花サガリバナとサガリバナ

●ソテツ 九州地方南部から南西諸島を経て、中国東南部に分布する常緑低木です。その独特の容姿から庭木として人気があります。ソテツには全草に天然の発がん性物質といわれる「サイカシン」が含まれており、摂取すると体内で分解されてホルムアルデヒドが生じ、中毒を起こします。戦時中の食糧難の時代に沖縄地方では、その実からデンプンを取り出して、救荒植物として食用されていました。しかし十分な毒抜き処理が終わっていない実を食べて多くの住民が亡くなったため、「ソテツ地獄」と呼ばれました。南西諸島には、実から取り出したデンプンを用いた「蘇鉄餅」という郷土食も伝わっており、デンプンを団子状にして乾燥させた保存食や実から作った味噌などもあります。

ソテツ雌花と実

●ランタナ 八重山で年間を通して花壇を賑わせてくれるランタナ。小さな花の集合体が、開花から日が経つにつれ、花の色が変わるため「七変化」とも呼ばれています。観賞用として可愛がられている花ですが、その旺盛な繁殖力で熱帯圏では有害植物になっています。未熟な果実にはランタニンという成分が含まれており、誤って食べると激しい腹痛を起こすことがあります。草丈の低い花で、子どもたちが黒色の小さな実を食べないように注意が必要です。沖縄では150年ほど前に観賞用として入ってきました。原産地の熱帯アメリカでは乾燥した葉を発汗解熱、解毒、喘息などに効果があるとして利用されています。

ランタナ

●センシンレン(穿心蓮) 「キツネノマゴ科アンドログラフィス属パニクラータ」とは、古くからインド、東南アジア、中国などで健康維持などに用いられてきた代表的な民間伝承植物であり、豊富に含まれる有効成分「アンドログラフォリド」が体温の上昇と免疫力の向上に働きかけることから、効能は書き切れないほど多岐にわたります。タイ政府が新型コロナの治療薬として認定したことで、大きな話題になりました。最近では石垣でも栽培されるようになってきたハーブです。利用法は、乾燥させて煎じたり、粉末にして飲用することが一般的ですが、世界一苦いハーブともいわれるため、カプセルに入れて飲むのが一般的のようです。私のガーデンでもアフリカでは有名なキク科のハーブ、バーノニア(vernonia amygdalina)を栽培していますが、食べ比べてみると同レベルの猛烈な苦さで、こちらも抗酸化物質、抗炎症物質、抗侵害受容物質が多く含まれ、センシンレン同様多岐にわたる効果が報告されています。植物のもつ強烈な苦み成分は多くの効果を秘めているようです。石垣ではセンシンレンは薬用としての栽培ではありませんが、二日酔いの飲酒前・後に効果覿面の粉末として利用されています。

センシンレン

●ゲットウ 最近八重山には植物研究や生化学研究者の来島が増えてきましたが、その中で大きな可能性のあるものがゲットウでした。季節になると島中いたる所で見られるゲットウは、抗菌作用や防虫効果などが知られ、沖縄では餅(ムーチ)の包む素材などに使われてきました。近年は多量に含むポリフェノールの抗酸化作用も注目され、化粧水や健康食品、ハーブティーなど多くの製品が見られます。一昨年来訪された研究機関の方は、ゲットウの水浸抽出物が強力な抗ウイルス効果をもつことを発見し、多種の植物で実験。植物の世界ではウイルス病の有効な薬は未だに存在せず、研究結果次第では非常に大きな可能性を含んでいるといわれています。さらにインフルエンザウイルスも99%不活性化するそうで、島中に見られるこの花が、島の未来の農業に新しい頁を開くかもしれません。

ゲットウ

このように綺麗な花を咲かせる多くの植物は、いにしえの昔から多くの伝承があります。容姿に反した猛毒性をもつもの、様々な薬効も報告されてきました。自然界では次々と新しい感染症が出てくる時代になってきましたが、早い段階で病原体を不活性化させる情報には、必ずといってよいほど植物の成分が関わっています。

これからの時代、植物のもつ可能性はより大きく注目されるでしょう。

 私は石垣島にハーブや薬草、熱帯植物などを集めた「石垣島サイエンスガーデン」を整備してきました。この度、本号が発売される頃に正式オープンし、今後植物の可能性に注力していきたいと考えています。そのため本稿を最終稿とさせていただきます。

 もし石垣島へご来島されることがありましたら、ぜひお立ち寄りください。長い間ありがとうございました。

石垣島サイエンスガーデン代表 ボタニカルアーティスト
橋爪雅彦 はしづめまさひこ
東京都立園芸高等学校卒業。学研の図鑑・東京大学出版会・誠文堂新光社(ガーデンライフ)・東京書籍生物教科書の図版及び科学論文などのイラスト担当。大阪花博東日本イベント総合プロデュース。国立博物館監修『原色日本のラン』執筆のため、東京より石垣島に移住。石垣市川平において「川平ファーム」としてパッションフルーツの加工を始める。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第67号 2024年3月