2025.3.6

植物たちが秘める健康力:〜日本人の長寿を支える“ダイズの力”〜

甲南大学名誉教授

田中 修

和食パワーを支える代表的な食材として、前号では、おコメを取り上げましたが、今回は、ダイズです。これは、東アジア原産のマメ科の植物で、日本には、縄文時代〜弥生時代の初期に中国から伝えられました。

 「ダイズ」は植物名ですが、その果実である豆にも「ダイズ」という語が使われます。「大豆」と書かれ、「ダイズ」は豆の名前でもあるのです。

 ダイズは、和食に欠くことのできない素材です。味噌汁や味噌漬けに使われる味噌や醤油、そして、納豆、豆腐、高野豆腐、おから、あぶら揚げ、豆乳、湯葉、枝豆、いり豆、煮豆、モヤシなど、和食に多彩に利用されます。また、黄粉として、お餅やおはぎとともに食べられます。日本人は、ほとんど毎日、何かの形で、この豆を摂食しています。

 ダイズには、アミノ酸やビタミンB群、ビタミンE、カルシウムなどのミネラルや食物繊維などが多く含まれます。特に、この豆は、良質のタンパク質を多く含み、古くから、「畑の肉」といわれます。そのため、ダイズは、肉や魚などを用いない精進料理のタンパク質源として、貴重な食材となっています。

 水分を約64パーセント含んだ茹でたダイズには、タンパク質が約16パーセント含まれます。生の牛肉サーロイン(水分約68パーセント)のタンパク質の含有量である約21パーセントと比べて、遜色はありません。

 近年、ダイズがお肉として加工され、ダイズからつくられた肉(ミート)という意味で「ダイズミート」とよばれ、「代替肉」の代表になっています。ダイズミートは、「カロリーが低く、タンパク質の含有量は高く、食物繊維を含む」というのが特徴で、健康に貢献します。

 ダイズには、ポリフェノールの一種である「イソフラボン」が含まれます。この物質は、「抗酸化作用をもち、高血圧、動脈硬化、糖尿病などの生活習慣病を予防する効果をもつ」と注目されています。

 また、この物質は、女性ホルモンによく似た働きをすることが知られています。そのため、女性ホルモンであるエストロゲンが不足しておこる更年期障害を軽減し、高齢の女性に多い骨粗しょう症を予防します。 

 国立長寿医療研究センターは、この物質の摂取量が多くなると、女性では、認知機能のリスクが低下するとの研究成果を発表しています。

 ただ、2006年に、内閣府の食品安全委員会が、イソフラボンの摂取の上限を定め、過剰な摂取を戒めました。納豆や豆腐などの食品から摂取するのはいいのですが、「妊婦や子どもは、サプリメントの状態で摂ってはいけない」という注意が出されたのです。

 近年、イソフラボンは、小腸や大腸などの腸にいる腸内の細菌によって「エクオール」という物質に変えられることがわかっています。腸内細菌の種類や数により、エクオールをつくれる人とつくれない人に分かれます。そのため、エクオールをつくる菌をもつ人ともたない人では、イソフラボンの効果は違うのです。 

 2017年、滋賀医科大学アジア疫学研究センターから発表された研究があります。2002年〜2007年に、40歳〜49歳の272人の日本人を対象としたものです。

 その結果、血中のイソフラボン濃度と心臓血管系の病気になることとは、関係がありませんでした。一方、血中のエクオールの量が高い人は、心臓血管系の病気にはなりにくく、心臓血管系の病気になる率は、エクオールをつくれない人に比べて、10分の1でした。 

 つまり、イソフラボンは、心臓血管系の病気を直接に防ぐのではなく、腸内細菌によりつくられたエクオールが心臓血管系の病気を防ぐ可能性が高いということです。

 「レシチン」という成分が認知症を防ぐといわれ、注目されています。レシチンとは、油の一種で、動物性のものと植物性のものがあります。動物性のものは、卵の黄身に多く含まれ、植物性のレシチンは、ダイズに多く含まれています。

 大豆レシチンは、血管をしなやかで柔軟性のあるものにすることがわかっています。そのため、血管が老化して動脈硬化がおこると、血管系の病気がおこりがちですが、大豆レシチンを摂っていると、血管をしなやかに保つことができ、脳内出血や脳梗塞、心筋梗塞などの病気がおこりにくくなります。 

 また、2014年に、大豆レシチンが脳の認知機能によい効果をもつことを示す研究の成果が、ドイツ・スイス・イスラエルの研究者たちから報告されています。この研究では、 65歳以上で、72人の健常な高齢者を二つのグループに分けました。 

 一方のグループは、3カ月間、大豆レシチンを摂取し、もう一方のグループは、大豆レシチンを摂取しませんでした。その結果、摂取したグループは、摂取しなかったグループに比べて、認知機能や記憶力が高かったのです。

甲南大学名誉教授
田中 修 たなかおさむ
京都大学農学部卒、同大学院博士課程修了(農学博士)。米国スミソニアン研究所博士研究員などを経て、現職。近著に、令和の四季の花々を楽しむ『日本の花を愛おしむ』(中央公論新社)、食材植物の話題を解説した『植物はおいしい』(ちくま新書)、からだを守り、子孫につなぐ驚きのしくみを紹介した『植物のいのち』(中公新書)など。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第67号 2024年3月