ハーブ療法の母・聖ヒルデガルトの自然学:聖ヒルデガルトの心のケアと『緑の力』
令和6年能登半島地震により被災された方々、ご家族、ご関係の皆さまに、心よりお見舞いを申し上げます。お心とお身体の安寧が1日も早く来ることをお祈りいたします。
聖ヒルデガルト療法のヘルスケアには、「深い悲しみから生み出た怒りを泣くこと、唄うこと、緑の力を取り入れることでゆっくり中庸にもっていきましょう」というアドバイスがあります。彼女の残した『病因と治療』には、「人の魂は逆らう何かを感じとると、心臓の周りに霧が立ちのぼり悲しくなる。この霧が胆汁をかき立て胆汁の苦味から怒りが生まれる」と。心理学的にも人は理不尽なできごとに対して、第一段階として悲しみを感じ、第二段階の感情として、怒りへと変わっていくそうです。「そのまま怒りを我慢していると、脳への問題になり、胃の血管と臓器内部の問題になり錯乱状態になる」と。「魂の不快感→悲しみ→怒り→錯乱」として現れる症状を彼女はさかのぼりその逆らう何かを明らかにする。それが彼女の治療ではないかと。だからこそ、彼女は悲しみに勝る喜びを大切に、喜びに満ちた食卓を用意します(#08 喜びのレシピ https://www.medicalherb.or.jp/archives/182915 参照)。
JAMHAのエコロジカルハーバリズム資格の食アドバンスト講座 3.伝統的食事療法と料理に「ヒルデガルトに学ぶ食事療法」項目があると。
ありがとうございます。「胃は世界−被造物が発芽や成長の間は中が満たされ、死と共に空っぽになっていく世界−を受容する力を表す」(『神の御業の書』第一部第四の幻視)「人は宇宙である」と何度も書き残した彼女にとって、食べ物を食べるということは「魂が命の食べ物によって元気づけられ、永遠の家へと昇っていく」ことなのです。食べ物を通して、その本性を噛みしめ、創造の意味を知っていこうと。
そして「緑の力」とは、緑色の植物や自然がもつ、人々に対して様々な効果をもたらす力のことです。人々のストレスを軽減する効果。集中力や生産性を高める。健康を促進する。都市の気温を下げる。大気中のCO2を吸収する。風を遮る。景観を美しくする。生物多様性を維持する。人々の心理的な安定感を高める。社交的な交流の促進などが、緑の力に関する例です。緑の力は、生活に欠かせないものであり、私たちの健康や幸福に大きく貢献しています。

聖ヒルデガルトは植物の緑のみを重視したのではなくさらに大切にしたのは、Viriditas (人、植物、動物、石がもつ生命を形作り維持する力)でした。この単語は彼女によって作られたラテン語で、「緑の力」を意味し、人、動物、植物、鉱物など、自然界のすべての中に秘めたベーシックな力を指します。彼女の考えでは、この力が治癒の基礎となると。ウィリディタスは偏った食生活やストレスの多いライフスタイルを続けると弱くなり、自然の中で時間を過ごしたり、祈り、歌、踊り(歌劇(?))、瞑想、あるいはヒルデガルトレシピの料理や療法などで強化できると。これがヒルデガルト療法の基本です。もちろん、樹木においても緑の力は重要な役割を果たします。これにより樹液が木に流れ込み、春には再び緑を茂らせるようになります。
たとえば、創傷治癒(これはまだ完全には分かっていませんが)は、傷が自然に再びふさがるという現象です。聖ヒルデガルトは、今日私たちが免疫という言葉で表す生体内の防御機構を、「Viriditas」という言葉で表現しました。彼女は間違いなく後の薬学の先駆者で自然療法の女神であると、研究の一人者であるシュトレーロフ博士は発信しています。『生の功徳の書』にも、「慈愛は大気の中で育つ最高の香しいハーブ、潤いに満ちた緑の命。その脈管は緑にあふれ、私(慈愛)は誰をも救うことができます。すべての者を癒し、健やかにする力。私の言葉は痛みを癒す香油なのです」と。彼女の慈しみ愛に満ちたまなざしが患者を包み、その共鳴を感じて選んだ薬草などの薬剤は実際、修道院の治療室で使われたからこそのリアリティがあるレシピなのでしょう。
『酒が薬で薬が酒で』(キャンパー・イングリッシュ/著 柏書房2023/11)にも第三章「修道士と醸造」に、ホップの利用に関して彼女の自然学が紹介されています。恩師からいただいた春季療法として、おススメのハーブティーは、フェンネルシード・ネトル・ジャーマンカモミールです。なるたけ消化のよい野菜スープを中心にし、飲み物はハーブティーかスペルト小麦のコーヒーやタンポポ根とチコリの代替コーヒーにするだけでもスッキリすると。入浴後、首筋・おなか・足のつけ根・ふくらはぎなどをラベンダー精油入りのマッサージクリームで、痛いところや傷跡などがないか確認しつつケア。ドイツではこの時期、断食ケアプログラムが開催されます。
感謝と共に、皆様のご健勝祈ります。



初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第67号 2024年3月