イチョウ葉エキスの軽度認知障害における有用性
抗酸化作用、神経保護作用、血管保護作用、および血流促進作用を持つイチョウ葉エキスは、メディカルハーブの中でも20世紀半ばから多くの研究や40件以上の臨床試験が行われており、軽度認知障害やアルツハイマー病における有用性が明らかにはなっているが、初期の試験においては認知機能障害に対する用語や診断基準が、現代で使用されているものとは異なるため解釈が難しい。
認知機能障害に関する最新の診断基準(DSM-5)を用いて、これまで行われてきた臨床試験において、認知症予備軍である軽度認知障害(Mild Neurocognitive Disorder:mild NCD)におけるイチョウ葉エキスの有用性を精査するステマティックレビューが行われた。
イチョウ葉エキスにおいては、多くの臨床試験で、フラボノイドやテルペンラクトンが標準化されたイチョウ葉エキス EGb 761(Dr. Willmar Schwabe GmbH & Co. KGの専売エキス)が用いられている。
複数のデータベースから抽出されたEGb 761に関する298件の記録とステマティックレビューの参照文献に存在した76件の記録のうち、最終的に合計9件のプラセボ対照ランダム化比較試験(RCT)(患者合計数946名)が、現代の診断基準に則して認知機能の客観的な評価が行われているものとして認められた。EGb 761の有益な効果は、神経心理学的テスト(9件中8件)、神経精神症状に関するスケール(3件中3件)、老年評価スケール(2件中1件)、および全体的な変化評価(1件中1件)で確認された。
認知機能の改善
EGb 761は、記憶、注意、処理速度、実行機能といった複数の認知領域において、神経心理学的テストでプラセボに対して優れた効果を示した。特に、視覚的および聴覚的な短期記憶や情報処理速度の改善が報告されている。
神経精神症状の改善
うつ病や不安といった神経精神症状の改善も報告された。これは、軽度認知障害を持つ患者がこれらの症状を伴う場合、認知症に進行するリスクが高いため注目すべき効果だ。
日常生活のパフォーマンス
複数の評価尺度(CDR-SB,ADCS-ADL-MCI-24,SCAG)で、軽度神経認知障害においてプラセボに対する優位性が示された。特に、アルツハイマー病評価尺度の認知サブスケール(ADAS-cog)や、ミニメンタルステート検査(MMSE)では顕著な改善が報告され、日常生活の質を改善する可能性がある。
進行リスクの低減
52週間にわたる治療期間の試験では、EGb 761を投与された患者の0.96%がアルツハイマー病に進行したのに対し、プラセボ群では10%が進行した(p = 0.0076)。この結果は、EGb 761が認知症の進行を遅らせる可能性を示唆している。
安全性と忍容性
EGb 761の使用は、一般的に安全で忍容性が高いと報告されている。副作用としては軽度の胃腸障害や頭痛などが挙げられるが、重大な副作用はほとんど報告されていない。また、長期的な使用においても比較的安全であるとされている。
また,本レビューではいくつかの課題も指摘された。
・研究の質にはばらつきがあり、試験デザインや評価方法が統一されていないため、結果の一貫性が欠ける。
・初期段階の神経認知障害では、患者の認知機能の低下が1~2つの領域に限られるため、特定の神経心理学的テストよりも、認知機能全体や日常生活のパフォーマンス、神経精神症状を評価する複合スコアや評価尺度(例:SCAG)がより有用である。
EGb 761は比較的安全な治療法であることから、軽度認知障害の段階における早期介入により、アルツハイマー病などの重度な認知症への進行を遅らせることができる可能性があるため、将来的に、大きなサンプルサイズで一貫性のあるガイドラインに沿った臨床試験にてその有効性が確認されることが期待される。
※Mild Cognitive Impairment:MCI(軽度認知障害): 1990年代に定義され、特に高齢者に見られる軽度の認知機能低下を指し、記憶障害が主な特徴とされる。アルツハイマー病の前段階として認識される。
※Mild Neurocognitive Disorder:mild NCD(軽度認知障害): 2013年にDSM-5で導入され、全年齢を対象とし、記憶障害を必須とせず、さまざまな認知機能の低下を包括する、より広範な神経認知障害を含む。
〔文献〕
Hort J, Duning T, Hoerr R. Ginkgo biloba Extract EGb 761 in the Treatment of Patients with Mild Neurocognitive Impairment: A Systematic Review. Neuropsychiatr Dis Treat. 2023 Mar 23;19:647-660. doi: 10.2147/NDT.S401231.