2025.3.18

リンデンの植物学と栽培

当協会理事

木村 正典

分類・名称

分類

 リンデンは、アオイ科(Malvaceae)ティリア属(シナノキ属;Tilia)の落葉高木です。

 ティリア属は、クロンキスト体系や新エングラー体系などの旧分類体系ではシナノキ科でしたが、遺伝子解析によるAPG分類体系では、アオギリ科やパンヤ科と共にシナノキ科が廃止されていずれもアオイ科に移されたため、アオイ科に含まれています。なお、シナノキ科の一部はナンヨウザクラ科となっています。アオイ科は、現在9亜科、252属、4500種以上からなります。

 リンデンは、最狭義にはセイヨウシナノキを、狭義にはフユボダイジュとナツボダイジュを加えた3種を、広義には狭義のリンデン同様にハーブ利用されるティリア属を、最広義にはティリア属全体を指します。リンデンの名称は、一般には狭義の意味で、3種の総称として用いられています。ここでもリンデンの名称を3種の総称とし、最狭義にはそれぞれの和名で示します。

 3種のうち、セイヨウシナノキ(Tilia europaea L.)は、フユボダイジュとナツボダイジュの自然交雑種とされています。

 フユボダイジュの学名はTilia cordata Mill.と表記されるのが一般的ですが、これは3亜種を含めた総称としての学名であり、ほかの2亜種と区別するためにはTilia cordata subsp. cordataと記す必要があります。Tilia cordata Mill.と記されている場合は、ほかの2亜種も含むと考えるのが一般的です。

 ナツボダイジュの学名はTilia platyphyllos Scop.と記されるのが一般的ですが、これも5亜属を含めた総称としての学名であり、ほかの4亜種と区別するためにはTilia platyphyllos subsp. platyphyllos と表記する必要があります。

 欧州では、亜種を含めたこれら3種を区別せず、「リンデン」と称して、ハーブとして利用されています。そのほか、地域によってはギンヨウボダイジュ(Tilia tomentosa Moench)もリンデンの名で同様に利用されています。

 欧州以外では、それぞれの地域のティリア属がリンデン同様に用いられています。

 World Flora Onlineではティリア属に38種がアクセプトされており、そのうち、ハーブ利用されているものを中心に、日本や中国の主なものを表1-1〜1-3に示しました。リンデン以外に、アメリカにはアメリカシナノキ、日本にはシナノキやオオバボダイジュ、中国にはボダイジュなどが自生して利用されています。

名称

 学名の属名のTilia(ティリア)は、「広い」を意味するインド・ヨーロッパ祖語のptel-ei̯āに由来し、翼状の総苞片、もしくは広葉樹、あるいは繊維源の内樹皮に関連しているなど諸説あります。

 セイヨウシナノキの種小名のeuropaea(エウロパエア)は、ラテン語で「欧州の」を、フユボダイジュのcordata(コルダータ)は「心臓形の」を、ナツボダイジュのplatyphyllos(プラティフィッロス)は「広い葉の」を意味します。

 英名では、ティリア属植物を、英国とアイルランドでは主としてlime、米国などのほかの英語圏では主としてlinden、米国種についてはbasswoodと呼びます。lindenはゲルマン祖語でリンデンを意味するlindōlindjo)を語源として古英語のlindとなり、接尾辞-enが付いてlindenとなったとされています。一方、limeは、カンキツのライムとは関係がなく、やはりlindが語源で、line → limeと訛ったものと考えられています。フユボダイジュをsmall-leaved linden、ナツボダイジュをlarge-leaved linden、セイヨウシナノキをcommon lindenなどと称して区別しています。

 独語ではティリア属植物をLindenbaum(リンデンバウム)もしくはLinden(リンデン)、Linde(リンデ)と呼び、語源は英語と同じです。また、フユボダイジュをWinter-Linde(冬リンデンの意)もしくはKleinblättrige Linde(小葉リンデンの意)、ナツボダイジュをSummer-Linde(夏リンデンの意)もしくはGroßblättrige Linde(大葉リンデンの意)、セイヨウシナノキをHolländische Linde(オランダリンデンの意)と呼びます。

 仏語ではティリア属植物をtilleul(ティヨル)と呼び、カタカナ表記ではティユールやティエルなどの揺れがあります。

 和名では、ティリア属はシナノキ属です。ティリア属にはシナノキとボダイジュがあり、リンデン3種の和名は、セイヨウシナノキ、フユボダイジュ、ナツボダイジュであり、フユボダイジュはコバノシナノキとも呼ばれ、シナノキとボダイジュが混在しています。

 牧野(1961)は、シナノキ(科の木、級の木)のシナは、「結ぶ」や「縛る」を意味するアイヌ語を語源とすると記しています。ただし、アイヌ語でシナノキは、内樹皮またはそれから取った繊維をとる木を意味する「ニペシニ(木・もぎとった破片・木)」(福岡、2004)であり、辻井(1961)は、シナの語源は不明としています。信濃の地名は、科布を多く生産していたことに由来する説もありますが、傾斜地を意味するシナから来ているとする説が有力視されています(長野市デジタルミュージアムながの好奇心の森、2024)。

 一方、ボダイジュ(菩提樹)は、サンスクリット語で「悟り」を意味するबोधि(bodhi)を語源としており、仏陀がこの木の下で悟りを開いたことに由来します。ただし、その木はクワ科のインドボダイジュであり、アオイ科のボダイジュではありません。仏教が中国に伝わった際、中国でインドボダイジュが栽培できないことから、アオイ科のボダイジュが代用として、菩提樹と呼ばれて植栽され、日本にも菩提樹の名で伝来しました。

 ナツボダイジュの夏とフユボダイジュの冬は、ドイツ語から来ており、フユボダイジュでナツボダイジュよりも耐寒性が高く、標高や緯度のより高く寒い地域に自生することに由来します。

なお、日本では明治以降、セイヨウシナノキをボダイジュと呼ぶようになったことから、既存のボダイジュやインドボダイジュとの混乱が続いています。シューベルトの歌曲『Der Lindenbaum』も「菩提樹」と訳されたことで、リンデンなのかボダイジュなのかインドボダイジュなのか分かりにくい状態です。

人とのかかわりの歴史

古代ギリシャ・ローマ

 リンデンは、ホメロス(A.D.8世紀)などによって詩に詠われており、古くから人との関わりのあったことがわかります。大プリニウス(A.D.23-79)も内樹皮がリボンなどの繊維源になることなどを記しています。
ギリシャ神話に登場するケイロンの母フィリアは、古代ギリシャ語ではリンデンの意の「ティリア」であり、ケイロンを産んだ後にリンデンになったとされています。

バルト・スラブ文化圏

 バルト神話での運命の女神とされるライマの聖なる木はリンデンであり、リトアニアでは、リンデンの木の下で幸運と豊饒を祈願します。
スラブ神話でもリンデンは聖なる木です。スラブ正教会では、イコンにリンデンが用いられています。

ゲルマン文化圏

 リンデンは、ゲルマン民族の間では 非常に象徴的で神聖な木とされ、多くの詩や物語、民間伝承に登場します。 5〜6世紀の物語を記したゲルマン諸国で最古の伝承とも言われる叙事詩『ベーオウルフ』(975〜1025のノーウェル写本)には、リンデンで作られた盾が登場し、lindと記されています。

 同時代の中高独語で書かれた叙事詩『ニーベルンゲンの歌』では、戦士ジークフリートが倒した竜の血(溶けた皮膚とも)を全身に浴びて強固な皮膚を得たものの、背中にリンデンの葉が貼り付いてそこだけ浸らなかったことから唯一の弱点となり、最後にそこを突かれて殺されてしまいます。

 また、リンデンは、北欧神話における愛と結婚と豊饒の二人の女神フリッグとフレイヤの木とされています。ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデ(1170頃〜1230頃)の詩『Under der linden(菩提樹の下で)』では、リンデンの木陰での恋人たちの逢瀬が詠われています。

 ベルリンのUnter den Linden(ウンター・デン・リンデン)は、1647年に作られたリンデンの並木道で、パリのシャンゼリゼ通りと並び称される象徴的な大通りです。

 分類学者のリンネをはじめ、リンダやリンデンバーグなどの人名もリンデンに由来しています。

 W. ターナーの『A New Herball』(1562)には、公園に植えられているリンデンをLind treeと記してあり、植物学的にリンデンの名が書かれた初めての本とも言われています。


ベルリンのウンター・デン・リンデンのセイヨウシナノキ(2023年5月撮影). 

中国

 中国では、仏陀が悟りを開いたとされるクワ科のインドボダイジュ(Ficus religiosa L.)が育たないことから、似た葉を持つアオイ科のボダイジュ(Tilia miqueliana Maxim.)が広く寺院に植栽されました。中薬利用に関しては、薬用利用の欄に記しました。

日本

 日本では古くから、シナノキやオオバボダイジュの樹皮から繊維を取り、科布(志那布、志奈布、まだ布)を織っていました。麻の普及と共に織られなくなりましたが、その後も綱や蓑、馬具などが作られました。特に、アイヌの人たちはシナノキをニペシニと呼び、内樹皮から繊維をとり、布や縄のほか、漁網や船のロープ、編み袋、タタミの糸、干し柿のつるし糸、酒・醤油のこし袋、馬の腹がけ、屋根を葺くササを編み込む紐などに広く利用していました(福岡、2004;アイヌ民族博物館、2004)。北海道では開拓時代に入ってからも蚊帳を作ったりしていました。シナノキは、蜜源植物としても重要で、北海道を中心に寒冷地で採蜜されます。

 ボダイジュは、日本には仁安3年(1168)に栄西が中国天台山から持ち帰ったとされ、それ以降、仏教の普及と共に、各地のお寺などに植栽さています。

薬用利用

 N. カルペパーの『Culpeper’s complete herbal』(1880年復刻版)には、花のみが、鎮痛(頭痛)、鎮痙に優れ、脳卒中やてんかん、めまい、動悸によいとしています。

 林(2023)は、リンデン3種の花序と葉に、発汗、利尿、鎮静、鎮痙、保湿(外用)の作用があり、風邪や風邪による咳、上気道カタル、高血圧、不安、不眠に用いられるとし、ドイツでは小児科で風邪のひきはじめにリンデン4に対してペパーミント1の割合でブレンドしたハーブティーが処方されることを紹介しています。

 中国において、中薬として用いられるティリア属を表1-3に示しました。日本にも渡来し、中国で南京椴などと呼ばれるボダイジュ(Tilia miqueliana Maxim.)は、中薬では、花を「菩提樹花」と呼び、鎮静、鎮痙、発汗、解熱に、樹皮および根皮を「菩提樹皮」と呼び、労傷による初期の脱力感、慢性の咳嗽に用います。また、椴樹と呼ばれるTilia tuan Szyszyl.の根を「葉上果根」と呼び、打撲傷やリウマチによる麻痺に用います。さらに、峨眉椴と呼ばれるTilia tuan var. tuanの根皮を「白郎花」と呼び、打撲傷や五癆七傷(心身の疲労)に用います。そのほか、毛枝椴と呼ばれるTilia tuan var. chinensis (Szyszył.) Rehder & E.H.Wilsonの樹皮および根皮は、ボダイジュと同様に用いられます(中薬大辞典、1988)。

そのほかの利用

 ティリア属の木材は軟らかくて建材には向かないものの、彫刻や工芸品に利用されています。特に、イコンをはじめ、宗教的なレリーフや内装などに伝統的に用いられてきました。また、様々なティリア属の内樹皮が繊維として各地で伝統的に利用されてきました。

 ティリア属の新葉や花序は、各地でサラダなど野菜として食されています。葉は家畜の飼料にも用いられています。アメリカシナノキでは、樹液をシロップにしたり、果実と花をペースト状にしてチョコレートの代用にしたりします。

 リンデンの種子には9〜22%の種子油を含有します。主成分はオメガ6脂肪酸のリノール酸(50〜60%)のため、食用油としての魅力は低いものの、化粧品や皮膚用製剤などへの利用が期待されています(Poljšak & Glavač, 2021)。

 リンデンは観賞樹として、特に欧州では街路樹をはじめ都市緑化に広く用いられています。樹種は地域によって異なります。園芸品種もいくつかあり、ナツボダイジュの‘Rubra’など、英国王立園芸協会のガーデンメリット賞を受賞する品種もあります。

 ティリア属は、いずれも蜜源植物としても重要で、リンデンハニーやライムハニー、ティリアハニーなどとして各地で親しまれています。

形態・成分

形態

 ティリア属の各種の形態は表1に示しました。ここでは、リンデン3種について記します。

一般に、花は雌しべ、雄しべ、花弁(集合体で花冠)、萼片(集合体で萼)からなります。萼片までは花の器官です。その萼片の下にあって、蕾を形成したり特殊な形態をしたりしている葉を苞葉(集合体で苞)といいます。また、花が集まって花序を形成する植物において、苞葉がそれぞれの花の基部ではなく、花序の基部にある場合には、総苞片(集合体で総苞)といいます。

 ティリア属の共通点として、互生する葉の葉腋から細長いへら状の総苞片を出し、その総苞片の中央脈(中肋)と花序柄が途中まで融合しているため、総苞片の中央から花序柄を出して花を着けるという、葉上生を示す特徴があります(写真)。

 相違点としては、フユボダイジュはナツボダイジュに比べて小型で、セイヨウシナノキは両者の中間の形態を示す特徴があります。

 葉身長は、フユボダイジュで3〜8 cmなのに対し、ナツボダイジュとセイヨウシナノキでは6〜15cmです。

 葉の向軸面(表面)はフユボダイジュとセイヨウシナノキでは無毛でつるつるしているのに対して、ナツボダイジュでは有毛でざらざらします。また、背軸面(裏面)を見ると、フユボダイジュとセイヨウシナノキでは葉脈の脈腋(基部の分岐点)に茶褐色の毛が密生しているほかはほぼ無毛なのに対し、ナツボダイジュでは、葉脈に沿って白い綿毛があります。

 葉柄は、フユボダイジュとセイヨウシナノキは無毛ですが、ナツボダイジュでは有毛です。

 フユボダイジュでは、総苞片が葉の上側に出て、総苞片の向軸面から上に直立して花柄を出し始めるのに対し、ナツボダイジュでは総苞片が大きくて葉の下に垂れ下がり、向軸面が下側になるため、下向きに花柄を出します。

 集散花序を形成する花の数は、フユボダイジュで5〜11個、ナツボダイジュで3〜4個と少なく、セイヨウシナノキで4〜10個です。また、葯の色の違いで、ナツボダイジュの花はややオレンジ色がかって見えるものがあります。花はナツボダイジュで最も強く香ります。

 果実はいずれも6〜8mmの球形の堅果で、ナツボダイジュには5本の稜が、ほかの2種よりもはっきりと見られます。


フユボダイジュの集散花序。ティリア属では、総苞片(苞葉)の中央脈(中肋)の途中まで花序柄が融合しており、総苞片の向軸側の途中から花が出る。フユボダイジュでは1花序に5〜11個の花が着く。

ナツボダイジュの集散花序。1花序に着く花数は3〜4と少ない。

機能性成分と作用

 Kędzierska(2023)は、ナツボダイジュの花には、アラビノガラクタンとウロン酸を主成分とする粘液性多糖類を3〜10%、プロシアニジンなどのタンニンを2%、ルチンやペロシド、ケルシトリン、イソケルシトリンなどのケルセチン配糖体や、アストラガリンなどのケンフェロールを含むフラボイドを1%含有するほか、カフェ酸やp-クマリン酸、クロロゲン酸などのフェノール酸を含有すること、鎮痙、去痰、皮膚軟化、軽度降圧、便秘解消、鎮静などの作用があって煎剤が風邪や咳、鼻水、消化不良、高血圧、不安、ヒステリー、神経性嘔吐などに使用されること、ケルセチンやケンフェロールなどの低分子フラボノイドによる薬理効果として、抗酸化、抗炎症、抗ウイルス、抗ガンなどの作用が期待されること、ヒドロキシル含有量の高い粘液性多糖類によって肌の保湿や抗炎症、鎮静、赤み対策などの作用のために乾燥肌や敏感肌に適していることなどを述べています。

 ナツボダイジュの煎剤のヘッドスペースガス分析では、香り成分がE)-β-オシメン(16-46%)やリモネン(12-33%)、テルピノレン(26%ただし30分浸出の場合)であることが報告されています(Kırcı, 2022)。

 ポーランドのフユボダイジュの花の研究では、クロロゲン酸やカフェ酸、バニリン酸、p-クマル酸などのフェノール酸を0.2〜1.9%、フラボノイドを0.1〜0.5%含有し、フラボノイドではルチンと(-)-エピカテキンが最も多く、イソケルセトリン、アストラガリン、ヒペロシドなどが検出されたこと、精油成分はトリコサン(6〜21%)、ペンタコサン(3〜6%)、ヘネイコサン(1〜6%)などのアルカンのほか、アセトフェノン(4〜7%)、ノナナール(1〜8%)、ノナン酸(4〜18%)などが検出されたことが報告されています(Kosakowska, 2015)。

 一方で、フユボダイジュの花の精油成分は、6,10,14-トリメチル-2-ペンタデカノン(11〜20%)や、トリコサン(6〜17%)、ヘネイコサン(3〜9%)、ノナナール(7%)、オクタデカ-9,12-ジエン酸(7%)、E-アネトール(8%)、カルボン(6%)、リナノール(4%)、E-β-ダマセノン(4 %)、メチルオイゲノール(4 %)、ネリルアセトン(4 %)などとする報告があります(Kowalski, et.al., 2017)。さらに、リトアニアのフユボダイジュの花の研究では、精油の主成分は、3-プメンテン、ノナナール、ノナン酸、ヘキサヒドロファルネシルアセトン、ファルネシルアセトン、カウレン、ヘイコサン、ドコサン、トリコサンなどであり、ファルネソールは0.2〜0.3%と微量であることが報告されています(Nivinskienė, 2007)。フユボダイジュの花の精油成分ではファルネソールが重要な機能性成分とされていますが、Załuski & Smolarz(2016)は、ケヤマウコギ(Eleutherococcus divaricatus (Siebold & Zucc.) S.Y.Hu)のファルネソール含量は43.6%で、薬用利用されているフユボダイジュの花序(0.2〜0.3%)やシマトベラ(Pittosporum undulatum Vent.)(10.9%)、Anthemis melampodina Delile(16.5%)よりも高いと述べています。

性状と栽培

 リンデンは3種とも欧州原産で、寒さには強く、温帯から亜寒帯まで生育可能です。

 セイヨウシナノキは自然交雑種で不稔とみられています。ナツボダイジュでも英国や北フランスでは65〜90%が不稔との記述があります(Pigott, 2020)。

 種子発芽は、果皮および種皮が硬いことによる物理的休眠と胚乳の発芽抑制物質による生理的休眠の両方があるため、発芽に時間を要し、自然条件下では秋に落下した種子が発芽するのは2年目の春とされています。これらの休眠打破に、かつては吸水種子を1年間0〜2℃で保存してから播種していました。Pengら(2023)は、Tilia henryana Szyszyl.で、硫酸やジベレリンによる休眠打破を報告しています。また、Bednaříkら(2022)は、フユボダイジュで、嫌気発酵7日間もしくは好気発酵10〜30日間処理により発芽を1年間早められることを報告しています。いずれにしても休眠打破は極めて難しく、一般的ではありません。したがって、最初は苗木を購入し、その後の繁殖は挿し木が一般的です。挿し穂はその年に伸びた新梢を用い、その新梢が成熟する7月が挿し木の適期です。

 開花期は5〜7月で、開花はナツボダイジュで最も早く、それよりも1週間ほど遅れてセイヨウシナノキが、さらに3〜5日後にフユボダイジュが咲き始めます。花の寿命(開花期間)は、ナツボダイジュで3.5日間、セイヨウシナノキで4日間、フユボダイジュで5日間であり、これら3種で16日間ほど開花が続きます(Weryszko-Chmielewska & Sadowska, 2010)。ただし、開花に至るまでの樹齢は25〜30年とされています。

 リンデンは高木ですので、放置すると数十 mにもなって、花の収穫もままならなくなります。したがって、狭い庭の場合には毎年剪定をして樹高を抑えることが大切です。ひこばえが出やすいので、それを利用して株立ちにしたり、ポラード仕立て(台切り萌芽、あがりこ更新)にするのもよいでしょう。

引用文献

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表1-1.ティリア属(Tilia spp.)の主要な種. 学名はWorld Flora Online (WFO) に従った。

表1-2.ティリア属(Tilia spp.)の主要な種. 学名はWorld Flora Online (WFO) に従った。

表1-3.ティリア属(Tilia spp.)の主要な種. 学名はWorld Flora Online (WFO) に従った。

当協会理事
木村 正典 きむらまさのり
(株)グリーン・ワイズ。博士(農学)。ハーブの栽培や精油分泌組織の観察に長く携わると共に、都市での園芸の役割について研究。著書に『有機栽培もOK! プランター菜園のすべて』(NHK 出版)など多数。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第70号 2024年12月