2025.4.22

植物たちが秘める健康力:〜日本人の長寿を支える“温州ミカンの力”〜

甲南大学名誉教授

田中 修


 温州ミカンの祖先は中国からもたらされましたが、江戸時代の前期に、鹿児島で栽培されていたとき「タネなし」が生まれました。中国のミカンの集散地として名高い「温州」にちなんで、名前がつけられたため、「中国生まれ」のような印象を受けますが、この果物は、正真正銘の日本生まれです。皮が剥きやすく、タネがないという食べやすさの魅力と、味わいの良さで、明治時代から人気になり、その後、日本人の健康に貢献しています。

 温州ミカンには、私たちの健康を守るための糖分やビタミン、カリウムなどのミネラルなどが豊富に含まれています。特に、果汁の中には、カロテンやβ-クリプトキサンチンという黄色い色素が多く含まれます。

 これらの色素は、温州ミカンを多く食べると、指や手のひら、足の裏などの皮膚にたまり、皮膚が黄色くなる「柑皮症」とよばれる症状をおこします。多くの場合、これは病気ではありません。食べ過ぎをやめれば、皮膚の黄色さは、自然に消えます。

 β-クリプトキサンチンは、抗酸化力の強い物質です。ビタミンAと同じ働きがある一方で、ガンを予防する可能性が期待されています。また、リウマチや糖尿病、動脈硬化になるリスクを下げるといわれます。

 2005年に発表された、温州ミカンに含まれるβ-クリプトキサンチンが肝臓の機能を守る効果については、第54号の「植物たちが秘める“健康力” #3 カロテノイドの働きとは?」で紹介しました。

 2012年、農研機構、浜松医科大学、浜松市の合同研究グループが、「温州ミカンをよく食べる閉経後の女性が、骨粗しょう症になりにくい」ということを見出しました。β-クリプトキサンチンの血液中の濃度が高いと発症リスクが約9割下がると発表されています。

 2016年には、同じ研究グループが、1073 名を対象に、10年間にわたる追跡調査を行い、「β-クリプトキサンチンの血中濃度が高いと、糖尿病や脂質代謝異常症、非アルコール性の肝炎の発症リスクが低下する」ということを発表しています。

 温州ミカンでは、「白い筋や袋の薄皮は食べた方がいい」といわれます。これらには、水溶性食物繊維の「ペクチン」が多く含まれるからです。

ペクチンは、腸内で善玉菌である乳酸菌の増殖を促し、腸内環境を整える効果があります。これには、腸内の物質と結合することで便の容積を増やし、腸のぜん動運動を促進し、便秘を改善する作用があります。それだけでなく、大腸ガンの予防や、血液中のコレステロールを減少させることで脂質代謝異常症の改善に効果があるとされます。

 それに加えて、ペクチンは糖分の吸収を抑制する働きがあるため、血糖値の上昇を抑える効果が期待できます。 

 また、昔から、「温州ミカンの皮は、風邪の薬」といわれました。皮や袋、白い筋には、ポリフェノールの一種である「ヘスペリジン」が含まれているからです。

 近年、この物質は「血管の機能を改善する」といわれ、私たちの健康を維持する働きが注目されています。血管を拡張させて血流を良くし、体を温める作用があるからです。中性脂肪を分解したり、血圧を抑えたり、血管を丈夫にする作用があるといわれ、高血圧、動脈硬化を予防します。

 2017年、東北大学の研究者らは、「網膜障害のマウスにヘスペリジンを与えると、網膜内の酸化ストレスが軽減し、視力の低下が軽減される」ということを見出しました。この成果は、私たち人間の緑内障治療にも貢献することが期待されます。

近年、温州ミカンの遺伝情報が解析されました。その結果、着色や結実性などに関わる遺伝子が特定されています。この解析の成果を生かして、品種改良により、健康成分を多く含んだ品種の誕生が期待されます。

 たとえば、早く収穫した青ミカンには、「ナリルチン」というポリフェノールが多く含まれることが知られています。この物質には、抗アレルギー作用があり、花粉症の症状緩和に効果があるといわれます。それゆえ、この物質を多く含む品種の育成が望まれます。

 また、温州ミカンは、アルツハイマー型の認知症を防ぐのに有効といわれる、ポリフェノールの一種である「ノビレチン」を含みます。これは、同じ柑橘類であるポンカンやシークワーサーに多く含まれますが、温州ミカンでも、この物質を多く含む品種が生まれることが期待されます。

 温州ミカンでは、自然におこる突然変異による品種の育成が行われてきただけでしたが、近年、品種改良に新しい方法が開発されています。2024年に品種登録された「春しずか」は、重イオンビームを当てて変異を誘発した個体の中から、選抜されたものです。今後、この方法で、健康成分を多く含んだ品種の誕生が待ち望まれます。

甲南大学名誉教授
田中 修 たなかおさむ
京都大学農学部卒、同大学院博士課程修了(農学博士)。米国スミソニアン研究所博士研究員などを経て、現職。近著に、令和の四季の花々を楽しむ『日本の花を愛おしむ』(中央公論新社)、食材植物の話題を解説した『植物はおいしい』(ちくま新書)、からだを守り、子孫につなぐ驚きのしくみを紹介した『植物のいのち』(中公新書)など。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第70号 2024年12月