2012.7.17

米国における医療大麻の臨床試験について

抄訳・コメント:玉村聡子、コメント:金田俊介

米国のハーブ関連の学術雑誌である Herbal Gram で、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に対する医療大麻の臨床試験についての報告が掲載されました。と言っても、まだ臨床試験の許可さえ下りていない状況のようです(2012年1月現在)。
第一段階として米国食品医薬品局(FDA)から試験の承認を得たのですが、その他の関係各局からはまだ承認されていません。第一段階の承認を得ただけで、なぜこのような記事が掲載されたのでしょうか。

実は医療大麻に関しては、米国でも様々な議論が行われている段階であり、ちょっとした動きでもニュースになるのです。そもそも医療大麻とは、何なのでしょうか。

大麻は、アサ(学名 Cannabis sativa)の葉や花を乾燥させたり、樹脂化させたりしたもので、マリファナとも呼ばれます。日本では大麻取締法により、大麻の所持、栽培、譲渡等に関して規制があります。もし大麻に何の薬理作用もなければ、規制されることもなかったでしょう。ですが、大麻には様々な薬理作用があり、人体に大きな影響を与えることが知られています。良く知られている薬理作用として多幸感、幻覚作用などがありますが、神経系に影響を与える事により、鎮痛作用など様々な薬理作用を示すとも言われています。

中国の古い医薬学書物「神農本草経」にも薬草として記載されていますし、人体に何らかの影響を及ぼすことは古くから知られていました。この薬理作用を、嗜好品としてではなく、医療目的に役立てようという考えから、医療大麻という言葉が生まれました。

米国ではこの医療大麻をめぐる動きが活発です。と言うのも、連邦法では大麻の医療使用は禁止されているにも関わらず、州法により医療大麻を認めている州があるからです。今回のHerbalGramの記事は、政府機関であるFDAが臨床試験を承認した、ということで掲載されたのでしょう。ただ、当のFDAが「大麻に医療価値はない」との見解を示しているようで、進展には時間がかかりそうです。
(コメント:金田俊介)

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Herbal Gram 2011; 91: 24-25.「FDA Accepts Protocol for Study on Cannabis and Post-Traumatic Stress Disorder – Research on hold until approved by PHS and NIDA」HerbalGram 2011; 91の標記記事では、以下の内容が述べられていた。

2011年4月28日、米国食品医薬品局(FDA) は、「幻覚に関する研究の学際的協会(MAPS)」の大麻に関する退役軍人を対象とした心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治験実施を承認した。この場合、当該試験は「マリファナのPTSD治療に関するテスト比較対照臨床試験」となる。

MAPSは幻覚剤と大麻で処方薬を開発することを目的の1つとして活動している。多くの退役軍人が心的外傷後ストレスの症状の治療にマリファナを使用していることが報告されて以来、PTSDの患者で大麻の効能の研究が求められていた。

MAPS創設者で最高責任者Dr.Doblinは、「以前から、医療大麻はPTSDに効果があるとのアイデアはあった。退役軍人からの報告は、大麻がPTSD 患者にどのように作用するか?を更に知るために有効である」としている。

MAPSの担当者は時間をかけて治験実施計画書をデザインし、FDAに提出、MAPSと政府当局はこの受理の発表まで半年かかっている。

法規制化合物法規制化合物(米国):ヒトへの投与によって、乱用性や中毒性を有する化合物で、法により厳しく管理・規制されている。対象化合物は、覚醒剤の他に、麻酔薬、幻覚剤(LSD など)、抗鬱薬(トランキライザー)に分類される化合物がある。の臨床試験の実施は、麻薬取締局(DEA)、FDA、医療機関の治験審査委員会(IRB)による承認が必要である。マリファナの試験の場合は、更に、公衆衛 生局(PHS)および国立薬物乱用研究所(NIDA)プロトコル検討委員会からの承認が必要である。

PHSとNIDAによって治験実施が承認された場合も、大麻の品質についてはまだ危惧され、また価格についてもグレーな状況である。

MAPSは他の治療法が有効でない多くのPTSDに悩まされている患者への試験を望み、マリファナが症状改善への一助となると考えている。MAPSの治験実施計画書によるとこの成分であるTHC(テトラヒドロカンナビノール)は、不安・恐怖の制御に関与している。

この後、NIDAとPHSがMAPS の治験実施計画を最終的に承認する場合は、MAPSは麻薬取締局から管理ライセンスを取得する必要があり、NIDAから大麻を購入、CMC情報CMC情報:治験薬を含む医薬品のCMC(Chemistry, Manufacturing and Control) に関する情報。医薬品の原薬及び製剤の処方、製造方法や品質規格の設定、これら全てを評価・確認する試験の方法等の情報である。被験者の不利益を最小限にするために、臨床試験開始の判断は、投与される治験薬に関する品質など、これらの情報を評価した結果も含まれ、非常に重要な位置を占める。(※2 参照)をFDAに提出、IRBからの承認を求め、資金調達、試験を開始する。

<知っておきたい用語>※1. 法規制化合物(米国):ヒトへの投与によって、乱用性や中毒性を有する化合物で、法により厳しく管理・規制されている。対象化合物は、覚醒剤の他に、麻酔薬、幻覚剤(LSDなど)、抗鬱薬(トランキライザー)に分類される化合物がある。
(抄訳: 玉村聡子)

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この記事に関連する文書の調査を行った。

本試験(試験番号:MJP-1)実施のための治験許可申請(IND)は、MAPSによって2010年11月5日に行われ、同年11月17日にINDファイリング番号110513が付与された。

IND ファイリング後、30日以内に照会事項がFDAから提示され、照会に対し回答が認められると治験の開始が認められるが、同年12月15日に FDAから治験薬の製造所の情報、製造方法などの品質に係わる照会とともに、MAPSへ実施の差止め連絡がなされている。その後、IND下でCDER, FDAによるレビューが行われ、繰り返し情報提供や試験デザインの修正の照会が提示されている。

4月28日のFDAによる連絡もIND下での治験開始の承認連絡ではなく、上記2010年12月15日の照会事項の回答提出の照会事項である。この連絡文書のなかで、FDAは当該治験が実施されることとなれば、「当該治験は探索的臨床試験の位置づけ」であることは同意している。

その後、FDAの上位組織である保健福祉省(HHS)が2011年9月14日に MAPSへ、治験デザインそのものや安全性の観点から、当該治験実施不許可の連絡を行っている。

MAPSは現在、これら当局からの照会に対し、回答を作成しているところである。 記事にあるように、複雑に当局が関与しており、米国連邦法においては、医療大麻の使用は禁じられている。FDAは2006年4月に大麻に関し医療的効能はないと声明を示しており、 当該臨床試験が実施される見込みは、現在のところ薄いと見て良いのではないか。
(コメント:玉村聡子)