ガラナ(Paullinia cupana)は全身化学療法中の乳癌患者の疲労感を改善する
がん関連疲労に対するガラナの効果
疲労感・倦怠感は多くのがん患者において見られる症状で、特に化学療法や放射線治療など、何らかのがん治療を受けている患者によく見られます。ここで言う疲労とは、健康な人が感じる疲労とは違い、一晩ぐっすり寝て回復するようなものではありません。がん関連疲労(CRF)と呼ばれ、長期に渡って倦怠感が続く慢性的な疲労のことです。がん治療において、QOLという観点からも疲労への対処はとても重要なのです。
今回ご紹介する論文は、ガラナ(学名:Paullinia cupana)というアマゾン川流域原産のムクロジ科の植物から作られたエキスが化学療法を受けている乳癌患者の疲労を改善することを報告したものです。なお、下記本文中で登場する評価方法は、BFIという方法やFACIT-Fという方法など、すべて患者がアンケートに答えることにより評価する方法がとられています。
例えばBFIではこんな質問があります。
「あなたが今感じているだるさ(倦怠感、疲労感)をもっともよく表す数字1つに○をして下さい。(数字は0から10まであり、0がだるさなし、10がこれ以上考えられないほどのだるさ)」。
このようにアンケートによる評価方法のみですと、すべて患者の主観によって決められてしまうので客観的なデータとは言えないのですが、実は「疲労」をデータとして集めることの難しさがここにあります。現状では疲労とはあくまでも患者の主観によるものであり、多数の患者に行なったアンケート結果をまとめることが評価方法の主流となっています。最大酸素摂取量やサイトカインの測定といった生物学的・生理学的データによる評価も使用されてきていますが、やはりまだ実際の現場ではどんな生理学的データよりも「だるい」という患者の主観が重要なデータだと考えられているからです。
また、今回の論文では「無作為化二重盲検プラセボ対照交差試験」という、少し複雑な試験を行なっています。「無作為化二重盲検プラセボ対照試験」については以前説明しましたが(「エキナセア論文へのコメント」(2011 年掲載)」のトピックス参照)、今回はさらに「交差試験」も使用しています。
簡単に説明しますと、化学療法の3サイクル(3週間投薬、1週間休薬で1サイクル)の中で、最初のサイクルは化学療法のみなのですが、第2サイクルでガラナ、第3サイクルでプラセボを化学療法に加えて投与する群と、第2サイクルでプラセボ、第3サイクルでガラナを化学療法に加えて投与する群に分けて試験を行なうのです。以下本文中の1日目というのは、第2サイクル開始日です。この2群間で結果を比較する群間比較、同じ群の中で結果を比較する群内比較(例えば、第2サイクルでプラセボを飲み終わった21日目のアンケート結果と、第3サイクルでガラナを飲み終わった49 日目のアンケート結果の比較など)も行なわれています。
以上のように、少し複雑ですが重要な疫学的手法を用いた臨床試験の報告ですので、試験方法にも興味のある方は整理しながら読んでみると良いかもしれません。ガラナのがん関連疲労に対する結果だけでも知りたいという方は、最後のパラグラフにまとめてありますので、途中は読み飛ばして最後だけ読んでも良いでしょう。
(コメント:金田俊介)
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ガラナは化学療法中の乳癌患者の疲労、更年期症状を改善する
De Oliveira Campos MP, Riechelmann R, Martins LC, Hassan BJ, Casa FBA, Giglio AD. ガラナ(Paullinia cupana)は全身化学療法中の乳癌患者の疲労感を改善する。J Altern Complemet Med. 2011 Jun;17(6):505-512
乳癌は早期発見、早期治療の増加によりその過程における患者の生活の質(quality of life, QOL)が優先されるようになった。疲労感はQOL に影響を及ぼす主な症状のひとつで、治療の経過によっては最大80%の 患者が経験する。中等度から重度の疲労感には現在十分な薬理学的介入がない。ガラナ(Paullinia cupana) はカフェインの含有量が高く、他のプリンアルカロイドも含有量が高い可能性があるため、南アメリカで 何世紀もの間、刺激剤として使用されてきた。ガラナのエキス剤の精神的機能を強化する効果については過去に試験が実施され、良好な結果を得たが、1日の用量75mgでは有意な効果は見られなかった。本試験の第二相は無作為化二重盲検プラセボ対照交差試験で、疲労のある乳癌患者がより高用量のガラナエキス剤を摂取した。
ブラジル、サンパウロの Mario Covas 病院および Padre Anchieta 病院で2008~2009年に22~77歳のあらゆる病期(ステージ)及び化学療法の第一サイクルを間もなく開始する乳癌の女性患者の募集を行った。疲労感の交絡因子(注 1)のある患者は除外された。初回から毎回化学療法の前後に患者は簡易倦怠感尺度(Brief Fatigue Inventory, BFI)の質問に回答した。
BFI のスコア3以下は軽度の疲労、4~6は中等度の疲労、7以上は重度の疲労と分類する。化学療法の第一サイクル後に少なくとも1カテゴリーでベースラインから疲労感が増加しない患者は除外した。参加者の81%以上が化学療法でドキソルビシンとシク ロフォスファミドをフルオロウラシルとともに受けた(またはフルオウラシル以外を受けた)。
被験者は一般的な背景についての質問、疲労感についての 2種類の質問(Functional Assessment of Chronic Illness Therapy – Fatigue [FACIT-F]および Chalder Fatigue Scale)、更年期症状についての質 問(Functional Assessment of Chronic Illness Therapy – Endocrine Symptoms [FACT-ES])、不安および抑うつについての質問(Hospital Anxiety and Depression Quality Index [HADS])、睡眠の質についての質問(Pittsburgh Sleep Quality Index [PSQI])に全て回答した。主要評価項目はFACIT-F の質問のスコア、副次評価項目はそれ以外の質問のスコアとした。
化学療法の第二サイクルの前に、被験者はカフェイン6.5%の標準ガラナエキス剤(50mg/12hrs; Cathedral Pharmaceutical Industry; Nova Pampulha, Vespasiano, Minas Gerais, Brazil)または見た目が全く同一のプラセボを割り付けられ、21日間摂取した。1日目と21日目に質問に回答し、7日間の休薬期間を経て交差して化学療法の第三サイクルを開始した。被験者は49日目に3度目の質問に回答し、毒性評価を受けた。
募集した75名の被験者で開始したが、最も多い理由である飲み忘れにより15名が脱落した。2群の被験者の背景のバラつき(変数)に有意差はなかった。Intention-to-treat 群間解析(注2)は最初に摂取したのがガラナかプラセボかに関わらず、FACIT-F 質問のスコアが優位に改善したことを示した(各々+14.2,+23.5;両群 P<0.01)。試験を完了した 60名のみが含まれるintragroup 解析はプラセボから開始した群のみで FACIT-Fスコアで有意差を示し(P<0.01)、ガラナから開始した群では前向きな傾向を示した。ガラナ群の方がプラセボ群よりもFACIT-F改善の1標準偏差の患者が非常に多く,この改善は臨床的に重要であることを示す。
グローバル Chalder Fatigue Scale スコアはガラナ群では 21日目に有意に改善したが(ガラナ群-4.6、プラセボ群+2.2、各々P値<0.01)、49日目には改善しなかった。BFIではスコアはガラナ群で大幅に減少した (有用であることを示す)(P 値<0.01)。FACT-ES 質問はプラセボ群に対してガラナ群の被験者のスコアが著しく高いこと(有用であること)が同定された。群内解析では、最初にプラセボを摂取した群は有意差を示したが(P 値<0.01)、最初にガラナを摂取した群には見られなかった。PSQI はベースラインのスコアが高く、開始時の睡眠の質が悪いことを示した。睡眠の質はガラナを2番目に摂取した群のみ改善した (P 値=0.05)。HADS質問によると不安、抑うつについて有意差は見られなかった。
ガラナおよびプラセボ摂取の際の不眠、動悸、悪心、不安、皮膚反応などの有害事象は全員から報告されたが、重要な毒性の報告はなかった。
本試験では、ガラナは毒性、不安、不眠を増加させることなく、化学療法中の乳癌患者の疲労感および更年期症状を有意に改善した。興味深いことにガラナから被験者が摂取したカフェイン量はカップ1杯のコーヒーのわずか5~10%であった。これはガラナの他の成分が重要な作用に寄与することを示す。疲労感に対する作用は睡眠および気分の改善による可能性を排除できないことを著者は明示する。
本試験の被験者群には癌患者に発症する可能性のある合併症の発症がなかったため、慢性疲労などの合併症のある患者にとってのガラナの安全性と有効性をより一般的な癌患者に推奨できるようにするためには、調査が必要である。
Risa Schulman, PhD (翻訳:椎名佳代)
知っておきたい用語
1)交絡因子:疫学研究などにおいて、「原因」と「結果」の関係を調べようとした時に、「原因」・「結 果」の両方に関与してしまうような別の要因を交絡因子と呼び、統計の際にはこれを考慮しなくてはなりません。例えば、「性差(原因)」と「癌(結果)」の関係を調べるとき、「喫煙歴」などが一つの交絡 因子になるでしょう。全ての男性が喫煙するわけでもなく、全ての喫煙者が癌になるわけでもありません。ですが、男性の方が喫煙率は高く、また喫煙と癌も大きく関与しています。統計的解析の際には、この交絡因子の影響をできるだけ除外することが望ましいでしょう。
2)Intention to treat解析:臨床試験では試験が進むにつれ、治療が実施不能になったり、試験薬の飲み 忘れなどによる試験からの脱落が起きたりします。このような脱落した患者もすべて含めて解析するのが、 intention to treat(ITT)解析です。これに対して、脱落者を除いて行う解析を、実際の治療に基づいた解析、on treatment解析といいます。
最初にせっかく無作為化による割り付けを行なったものの、途中で脱 落者が出ると最初の割り付けに意味がなくなってしまうこともあるためITT解析が行われますが、試験薬を 飲んでいない人すらも含めるために試験そのものの結果にバイアスが入ってしまいます。これらの要素を 考慮に入れて解析結果を見る必要があります。