2017.12.1

ホーソン ─心臓を守るハーブ

グリーンフラスコ代表

林真一郎

ホーソンはバラ科の落葉低木で、原産地はヨーロッパ、 北アフリカ、西アジアとされ、現在では世界各地に広く分布しています。5 月に 白やピンクの花を咲かせることからメイフラワーとも呼ばれ、秋には赤い球形の 偽果をつけます。生薬の「山査子」は近縁種のオオミサンザシで、消化器系のケ アに有効とされています。

1.はじめに

皆さんは「シュロップシャーの老女」という言葉を聞いたことがありますか?

シュロップシャーとは英国のウエスト・ミッドランズの地名ですが、そこに住む身なりの貧しい老女が医者でも治せない数多くの水腫の患者をハーブで救ったという歴史があります。当時の医師なら面子めんつを潰されたとして権力を使って老女を迫害してもおかしくないのですが、老女のもとに自ら出向き、真摯に耳を傾けた医師がいます。その医師こそが後に「実験薬理学のパイオニア」と称されたウィリアム・ウィザリング(1741-1799)です。

老女が使ったハーブはジギタリスDigitalispurpureaであり、後にジギタリスから強心配糖体のジギトキシンが見い出され心不全の薬となっています。ウィザリングもジギタリスの臨床応用にあたってジギタリスがもつ毒性に悩まされました。作用が激しいため匙加減には注意が必要です。使い方が難しいジギタリスとは対照的に作用が穏やかで習慣性や蓄積作用もなく高齢者にも安心して長期連用できるのが今回、ご紹介するホーソン(セイヨウサンザシ)です。

2. ホーソンの成分

ホーソンにはフラボノイドやOPC(オリゴメリックプロアントシアニジン)、トリテルぺノイドやフェノール酸、それにアミンやミネラル(主にカリウム)などの多様な成分が含まれています。このうち機能性に関与する主な成分としてはヒぺロシドやビテキシンなどのフラボノイドとOPCの2つに注目したいと思います。

数多くの研究によってフラボノイドが心筋のエネルギー代謝に、OPCが冠血流に作用をもたらすことが知られています。OPCは1947年にフランスのジャック・マスケリエ博士によって発見、分離された成分でフレンチパラドックス(フランス人は高脂肪食にも関わらず虚血性心疾患による死亡率が低い)の原因とされる赤ワインに含まれるポリフェノールの主な成分でもあります。

OPCは強力な抗酸化作用やコラーゲン合成の促進作用があります。オリゴとは「少数の」という意味でOPCはカテキンやエピカテキンなどがいくつか連なった(重合した)構造をしています。ホーソンに含まれるOPCはカテキン類が2~8個ほど連なったものが多く、10個以上重合したものに比べて吸収が容易です。

3. ホーソンの薬理作用

1983年にGabard&Trunzlerはホーソンの薬理作用を次のようにまとめました。

  1. 冠血流と心筋血流の増加
  2. 心筋の収縮能の改善(若干の陽性変力作用)
  3. 心筋の電気的不安定に対する律動調節作用
  4. 酸素欠乏に対する心筋の耐性の増強
  5. 心拍出量の増加、末梢血管抵抗の低下

なお、ホーソンの強心作用のメカニズムは心臓のβ受容体への直接的な作用ではなく、ホスホジエステラーゼ阻害によるサイクリックAMPの増加によるものです。さらに心臓への作用のほかに血液凝固の抑制作用や利尿作用などが加わります。このためホーソンはジギタリスのように速効性は望めませんが作用が穏やかなため、ドイツ、フランスでの植物療法では心血管疾患のファーストチョイスになっています。

4. ホーソンの適応

ホーソンはうっ血性心不全の初期症状や狭心症のような冠動脈疾患、それに心臓周囲の圧迫感や老化による心機能の低下などに幅広く用いられます。ドイツのコミッションEモノグラフではホーソンの適応症を次のようにまとめています。

  1. NYHA(ニューヨーク心臓協会)基準によるI度およびII度に相当する心臓機能の低下
  2. 心臓領域における圧迫感や閉塞感
  3. まだジギタリスによる治療を必要としない老人の心臓の不調
  4. 軽度の徐脈性不整脈なお、ホーソンは心疾患に対して予防のステージで用いるのが最も賢明ですが、症状が現れて化学合成薬を服用している場合でも併用することが可能です。

5. ホーソンの用法、用量と安全性

ESCOPモノグラフ(2003年)によればホーソンの用法、用量は1~1.5g(細断)を使用した茶剤を1日3~4回服用します。また粉末剤の場合は1日2~5g服用します。なお、注意事項として症状が6週間以上続く場合や足のむくみが増す場合は、必ず受診すること。また心臓部が痛んだり上腹部や首の周辺が痛む場合、呼吸困難の場合は医学的介入が必須と記載されています。

『メディカルハーブ安全性ハンドブック』第2版では安全性は「クラス1~適切に使用する場合、安全に摂取することができるハーブ」に分類され、薬物相互作用については「クラスA~臨床的に関連のある相互作用が予測されないハーブ」に分類されています。なお、「ホーソンと心臓の薬を同時に摂取した場合には心臓の薬の投与量を低減できる可能性があることを示唆している」との記載があります。この例のように相互作用のメリットを意図的に活用することを治療的相互作用といいます。

6. おわりに

ドイツの植物療法学会の会長を務めたフォルカー・フィンテルマン博士は「現代医学における最大の過ちは心・循環系を機械的なポンプとみなしたことである。しかし感情などの要素と心・循環系の関連性をこれ以上見逃す、あるいは否定することはできない。将来的には植物性の心臓病薬の包括的な効果が正しく認識され、特に予防において特別な役割を担うことに疑いの余地はない。」と述べています。

この意味においてホーソンにレモンバームやジャーマンカモミール、リンデンやバレリアンなどの感情を整えるハーブをブレンドすることは理に叶ったものといえるでしょう。

ところで健康と医学における心臓の役割についての研究機関であるハートマス研究所では「心臓と大脳がコヒーレントな状態であるときにレジリエンスが高まる」としています。また従来の医学では心臓は脳の指令で活動するといったイメージが強いのですが、実際には心臓が神経系を介して脳に影響を与えている、さらには心臓に「心臓脳」ともいえるような複雑な神経ネットワークが存在しオキシトシンなどのホルモンも分泌していることが明らかになっています。

現代医学では心を脳における神経伝達物質の変化と考えますが、実際は心臓と脳の共同作業によるものなのかもしれません。心が宿る臓器=心臓とは見事なネーミングといえるでしょう。

グリーンフラスコ代表
林真一郎 はやし・しんいちろう
当協会副理事長。1982年、東邦大学薬学部薬学科卒業。1985年、ハーブ専門店グリーンフラスコ設立。2001年、植物療法の調査研究のためグリーンフラスコ研究所を設立し、医師・薬剤師・看護師などとネットワークをつくり、植物療法の普及に取り組む。東邦大学薬学部客員講師、日本赤十字看護大学大学院非常勤講師。著書『臨床で活かせるアロマ&ハーブ療法』(南山堂)、『高齢者介護に役立つハーブ&アロマ』(共著・東京堂出版)ほか。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第42号 2017年12月