EUのNature-Bases Researchについて
1緒言
当該記事では、2012年10月4日に発出された遺伝資源へのアクセスと利益配分についての、欧州議会/理事会規則案を受け、その重要なポイントについて紹介と解説を行っている。
本書は、この訳文ではなく、記事の内容を踏まえて、背景、現在の欧州及び本邦における状況について、各種関連資料をまとめることとした。
2背景
当該記事が書かれた背景は、生物多様性条約に基づく名古屋議定書を受け、欧州連合の欧州議会/理事会が他の地域に先駆け、当該規則案を発出したことにある。
名古屋議定書は、生物多様性条約の目的の1つである遺伝資源の利益配分について、公平性に主眼を置いた国際的な取決め(広義の条約)である。
2.1背景情報
2.1.1生物多様性条約
地球生態系の破壊などに対する懸念が高まり、希少種の取引及び特定地域の生物種の保護を目的とするワシントン条約やラムサール条約等を補完し、かつ生物の多様性の包括的な保全等のための国際的な枠組みとして、生物多様性条約は1993年12月に締結・発行された。
この条約の対象はヒト以外のすべての生物であり、多様性の定義には、生態系の多様性も含まれる。2013年3月現在は、192カ国と欧州連合が締結している。生物多様性条約の第1条では、その目的を以下の3つとしている。
(1)生物多様性の保全
(2)生物多様性の構成要素の持続可能な利用
(3)遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分
2.1.2生物多様性条約締結国会議(COP)
この条約の締結国で行う、生物多様性条約締結国会議は、ほぼ2年に一度開催され、現在までに11回開催されている。COPとは締結国会議を意味し、この条約の締結国会議のみをCOPと呼ぶわけではないが、2010年開催の第10回生物多様性条約締結国会議は日本が議長国を務め、COP10の呼称で紙面を賑わせていた。次回のCOP12は、2014年の後半に、韓国で開催されることが決定している。
COP10
2010年10月18日(月)~29日(金) 日本/名古屋国際会議場
特筆すべき成果は、主に以下の2点である。
1.新戦略計画(愛知ターゲット):2011年以降の「生物多様性の損失を止め、実行的かつ緊急の行動と起こす」のための目標を採択した
2.名古屋議定書:COP8での決定を受け、遺伝資源のアクセスと利益配分に関する議定書として、2010年10月29日に名古屋議定書を締結した。
2.1.3目的 3:遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分
名古屋議定書では、生物多様性条約の第三の目的である遺伝資源へのアクセスと利益配分を公平に実現するための方法を記載している。遺伝資源は、医薬品や食品の開発につながるような潜在的に利用価値のある動植物や微生物などを指す。生物多様性条約成立以前、長期に渡り、国際的な取組みとして、「遺伝資源は人類共通の財産である」という合意の調整が、国連食料農業機構の専門家の間で行われていた。しかし、特許や育種者の権利等の知的所有権を踏まえ、先進国では反対の声が多く挙った。この交渉の過程で、先進国の反対意見に対抗して途上国が強く主張したため、交渉が難航した。結果としては、各国は自国の遺伝資源に対する主権的権利を有することが認められ、「遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分」が、この生物多様性条約に第三の目的として組み込まれることとなった。
2.2名古屋議定書
2.2.1名古屋議定書の内容
この遺伝資源を利用して得られた利益について、金銭の支払いや共同研究への参加を通じて、資源がもたらす利益を、その資源を提供した原産国などと利用国とで分け合うことに実効性を与える内容となっている。
名古屋議定書の主な内容
1)遺伝資源と並び、遺伝資源に関連した先住民の伝統的知識も利益配分の対象とする
2)利益には金銭的利益と非金銭的利益を含み、配分は互いに合意した条件に沿って行う
3)遺伝資源の入手には、資源の提供国から事前の同意を得ることが必要
4)多国間の利益配分の仕組みの創設を検討する
5)人の健康上の緊急事態に備えた病原体の入手に際しては、早急なアクセスと利益配分の実施に配慮する
6)各国は必要な法的な措置を取り、企業や研究機関が入手した遺伝資源を不正利用していないか、各国がチェックする
2.2.2名古屋議定書の施行
名古屋議定書は、遺伝子資源に関しての国家間の法的拘束力のある国際的な枠組みである。このため、締結国は議定書の内容を国家法で成立、実施しなければならない。愛知ターゲットにおいて、「2015年までに、名古屋議定書が国内法制度に従って施行され運用される(目標16)」とされている。
そして、名古屋議定書は、その国内法の域外適用という点に特徴がある。研究者や企業といった遺伝資源の利用者は、提供国の国内法に従って遺伝資源を取得した後、その提供国から外国へ持ち出した際には、提供国の法令を遵守させることを第15条、16条、17条で規定している。
3遺伝資源のアクセスと利益配分に関する各地域での動き
3.1欧州での動き
当該記事で紹介されているように、名古屋議定書を踏まえた規則案を、2012年10月4日付で発出している。欧州委員会が主に利用国措置を規定するものである。
欧州の法体系は、加盟国を拘束する程度から5種類に分類されるが、これは、一番拘束力の強いRegulation (規則)として成立する予定である。規則はそのままの形で適用され、各加盟国での国内立法を必要としない。
今後、欧州環境相理事会及び欧州議会で審議をしていく。採択の決定までに12~18ヶ月を要するとされているが、規則の採択と議定書の締結はCOP12までに実現できる見込みとのことである。
当該記事で紹介された遺伝資源へのアクセスと利益配分についての、欧州議会/理事会規則案の主なポイントを以下に示す。
3.2本邦での動き
本邦の愛知ターゲット達成に向けたロードマップでは、「遅くとも2015年までに、名古屋議定書に対応する国内措置を実施することを目指す」としている。
環境省の下に、2012年9月より「名古屋議定書に係る国内措置のあり方検討会」を設置し、国内措置のあり方について有識者や産業界、NGOで検討しており、2013年3月現在までに、6回の検討会を行っている。
第1回検討会:2012年9月14日
第2回検討会:2012年9月27日
第3回検討会:2012年11月22日
第4回検討会:2012年12月26日
第5回検討会:2013年1月30日
第6回検討会:2013年2月26日
第3回検討会より、上述のEUの規則案を参考にした議論が行われている。
なお、経済産業省は、遺伝情報へのアクセスと利益配分についての一般的な質問への回答や、海外の遺伝資源を利用する企業活動において生じた問題への解決サポートを行っている。また、一般財団法人バイオインダストリー協会へ委託して、「遺伝資源へのアクセス手引き」(最新版は第2版、平成24年3月発行)を作成配布している。
3.3アメリカ合衆国での動き
アメリカ合衆国は生物多様性条約に署名しているが、名古屋議定書には批准していない。
2.1.3項で知的所有権を巡る議論があったと触れたが、本件に関し、特許や育種者の権利等が著しく失われるとの主張がアメリカ合衆国内で多く挙っているためと推察される。
3.4植物遺伝資源に関する国際的な動き
名古屋議定書とは別に、食料農業分野における植物遺伝情報の国際的な取扱いを定めた食料農業植物遺伝資源条約(2004年成立・発行)がある。
生物多様性条約との調和を保ちつつ、各国共通の契約ルールを構築し、植物遺伝資源の取得と促進し、保全と持続可能な利用、公平な利益配分と行うことで、持続的農業と食料安全保障を図ることを目的としている。
なお、この条約に本邦は加入していない。
4略語一覧
本書では、なるべくこれを利用しないこととしたが、関連する資料を理解するにあたり、頻出する略語を示す。
5参考文献
1)外務省 外交政策ホームページ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/jyoyaku/bio.html
2)環境省 自然環境・生物多様性 名古屋議定書に係る国内措置のあり方検討会ホームページ
http://www.env.go.jp/nature/biodic/abs/conf01.html
3)経済産業省 バイオ政策 生物多様性条約ホームページ
http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/bio/Seibutsukanri/
4)遺伝資源へのアクセスの手引き:経済産業省/一般財団法人バイオインダストリー協会
http://www.mabs.jp/archives/tebiki/
(作成:玉村聡子)