【北の植物】ミヤマトウキ(深山当帰)
今回は、脆く崩落しやすい切り立った岩壁の割れ目に生きる、生命力たくましいセリ科の薬用植物であるミヤマトウキを紹介します。
私の研究テーマのひとつに、重要な薬用植物や貴重な植物たちの新たな自生地探索調査研究があります。北は礼文島から南は襟裳岬までを定期的に訪れ、主に林道沿いの道端に焦点を絞って探索を続けています。
15年ほど前から右の地図に示すように日高山脈の日高側と十勝側の麓の林道を定期的に訪れ、年ごとによる開花状況、個体数の遷移などを中心に調べています。特に、後で述べますように、日本薬局方収載医薬である当帰の基原植物の1種、ホッカイトウキの自生地発見もまた探索調査の重要な目的のひとつです。
ミヤマトウキ(深山当帰)
Angelica acutiloba ssp.iwatensis(セリ科)
日本薬局方収載生薬である当帰の基原植物には2種あって、1つはトウキAngelica acutiloba Kitagawaで、もう1つはホッカイトウキAngelica acutiloba Kitagawa var.sugiyamae Hikinoの根を乾燥させたものです。ミヤマトウキは前者の野生種とされています。
当帰は、中国最古の薬草書である『神農本草経』の中薬(虚弱な身体を強くする養生薬)にも掲載されています。現在でも当帰芍薬散などの婦人薬や十全大補湯や補中益気湯などの補剤(元気を補う)と総称される、一言でいえば、自然治癒力を補ってくれるような漢方薬には当帰が要薬として配合されます。これら補剤は、西洋医学においても手術後の回復促進、抗がん剤の副作用軽減、がんの転移予防といった目的でも盛んに使われ研究されています。
『神農本草経』の神農とは、4000~5000年前に身近な草木の薬効を調べるために自らの体を使って草根木皮をなめ、何度も毒にあたっては薬草の力で甦ったといわれている伝説的な皇帝です。こうして発見された薬によって民衆が救われ、今でも神農として祀られているほどですから、当帰は化学的エビデンスをはるかに超えたすばらしい効能効果ある植物といえます。
私は山菜としても利用していて、5月上旬に岩壁に現れる若葉を少しいただき、胡麻和えやテンプラにしていただきますが、食べた瞬間に体がポカポカして元気がみなぎってきます。健常人の病気予防食材としても、すばらしいと思っています。
ミヤマトウキ自生地の多くは、切り立った岩壁の割れ目で、その過酷な環境と生活史を知ると、さらにその生命力に驚かされます。何年かに一度だけ花を咲かせ、数多くの種を形成させ、その株は朽ちてしまいます。熟成された種は、ほぼ垂直の岩壁を滑り落ちますが、一番下の地面まで落下した種の多くはほかの植物たちに負けてしまい、成長できないのです。ほんのわずかな種だけが、運よく湿り気のある岩の割れ目に落ちて次世代の子孫となるのですが…、その確率はどのくらいなのでしょう?
一方、ホッカイトウキはその自生地が不明とされているため、特に強い関心をもって調査を続けてきました。草丈が高く全体が真緑色を呈しており、一目でミヤマトウキと識別することができます。いろいろな林道を探索した結果、日高山脈の十勝側の歴船川と札内川上流、日高側の幌別川上流の岩壁に、ホッカイトウキと思われる植物の群生地を見つけることができました。
現在、この植物の同定を進めているところですが、もしもホッカイトウキの自生地を発見できたのであれば、うれしい限りです。
私はこのトウキ属植物の自生地探索研究を10数年間続けていますが、日高山脈の山奥の自生地を訪れるたびに、その生きるエネルギーに感動し続けています。
初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第42号 2017年12月