オーストラリア流ハーブを食に活かす
はじめに
自然療法先進国と称されることもあるオーストラリア。四方を海に囲まれ、コアラやカンガルーなどオーストラリア固有の動物が生息していることで有名ですが、植物もその守られた環境の中、数多くの固有種が生育しています。今回から数回にわたり、さまざまな角度からオーストラリアのハーブ事情をご紹介しながら、オーストラリアが自然療法先進国たる所以がどこにあるのか、迫っていきたいと思います。今回は、その第1弾として、オーストラリアにおけるハーブの食への活用法を取り上げます。
アボリジニとハーブ──ブッシュ・タッカー
古くからアボリジニが活用してきた植物から、いわゆる西洋ハーブまで、オーストラリアには植物の種類が豊富にあり、現代のオーストラリア人は、それらの植物をうまく活用して独自のハーブ食文化を創ってきました。オーストラリアのハーブ食文化でまず語らなければならないのが「ブッシュ・タッカー(bush tucker)」です。オーストラリアの先住民アボリジニが、厳しい自然環境の中で生き延びるため、捕獲したり採取したりしながら活用してきた動物(カンガルーなど)や植物(レモンマートルなど)のことを総称してブッシュ・タッカーと呼びます。ブッシュ・タッカーの植物には、レモンユーカリやレモンマートルなど日本でもよく知られているものもありますが、多くはブッシュトマト、クァンドン、カカドゥプラムなど…日本ではなじみのない植物が大半です。ブッシュ・タッカーは別名「ブッシュフード(bushfood)」とも呼ばれ、アボリジニの間だけでなく、今では広くオーストラリア人に受け入れられています。中でも「ブッシュッ・デュカ(bush dukkah)」と呼ばれるブレンド調味料は、人気の1品です。デュカは、ナッツ、シード、スパイス、ハーブなど数種類を砕いてブレンドしたエジプト発祥の調味料のことです。オーストラリアでは、この調味料に、ブッシュ・タッカーのハーブやスパイスをアクセントとして使用し、オーストラリア流にアレンジした、その名も「ブッシュ・デュカ」が広く普及しており、ワインのおつまみとしてオリーブオイルとパンと一緒に供されます。アボリジニの知恵が詰まった伝統的な食材をエスニック食材と融合させ、現代風にうまくアレンジするのは、多様な人種が集う移民国家オーストラリアならではなのかもしれません。
次期ティートゥリーの座を狙うハーブ
上であげたブッシュ・タッカーのハーブのひとつで、いわばオーストラリアの伝統食材であるレモンマートルは、その強いレモンの香りから食材としての人気が高く、ショートブレッドなどの洋菓子の風味づけとして活用されています。また、ハーブティーも人気で、都会のスーパーでは棚に並んでいるのをよく目にします。レモン香にほんのり甘みがプラスされたレモンマートル特有の香りは、その精油成分に高い抗菌作用があることがわかってきており、味や香りを楽しむためだけでなく、機能的にもスポットライトが当たり始めているハーブです。レモンマートルの用途は、食の分野に止まらずオールマイティーで、近年は化粧品への活用も多く見受けられます。
日常の中のハーブ
オーストラリアでは、さまざまな料理にハーブを活用しています。バジル、マジョラム、ローズマリー、タイム、オレガノなどの一般的なキッチンハーブは、当然のことながら食卓に登場する頻度が高く、パスタやローストチキン、ラムチョップなどの身近な料理に使用されています。また、タイ料理の人気が高く、コリアンダーやレモングラス、コブミカンなども日常的に食します。日本では「ガムの味…」という印象を脱しないミントですが、オーストラリアではいろいろなシーンで見かけます。スムージーやジュースに混ぜたり、サラダやディップなどの冷たい料理に加えたり、ミートボールなどの温かい料理にも使われたりします。青汁のような形態の健康食品にもミント味のものがあるのには最初驚きました。また、肝機能の賦活作用をもつことで知られるアーティチョークは、サンドイッチなどで街のカフェのメニューに載るほど現地ではなじみのハーブのひとつです。
さいごに
多民族国家のオーストラリアには、人種の数だけ食文化も持ち込まれています。街の通りには、タイ料理店、その隣にはインド料理店、そのまた隣にはメキシコ料理店…というように、すぐアクセスできる場所で多国籍な食文化に触れる機会があり、その中で味覚を刺激されながら、今のオーストラリアのハーブ食文化は形作られてきたのだろうと想像します。また、オーストラリア人のハーブの取り入れ方には固定観念がないように感じます。この組み合わせはどんな味になるだろう?今日はどんな料理が待っているだろう?と、食べ物を純粋に楽しむ感覚が先に立っている印象を受けます。楽しみながら食しているうちに、結果的に植物がもつ機能性を自然と享受できているという格好かもしれません。オーストラリアのハーブ食文化は、新しいものに対しての寛容さと、それらを自分たちのものにして融合させていく柔軟さを併せもった国民性が創り出した産物なのかもしれません。今後どんな発展を見せるのか、モダンオーストラリアのハーブ食文化のこれからが楽しみです。
初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第41号 2017年9月