2017.9.1

シソ科のハーブを属別に(1)

東京大学名誉教授 東京大学総合研究博物館特招研究員

大場秀章

シソ科は、くちびる状の花をもつことが肉眼でもわかり、多くの人がシソの仲間の植物を判別することができた。また、多くの種が断面が四角形をした角張った茎をもち、さらに強い芳香を発することもシソの仲間の植物を認知する上での大きな役割を果してきた。その上、子房が深く4つに割け、花柱がそのまん中につくこと、また多くの種で、4本ある雄しべのうち、2本がほかの2本よりも長くなることが明らかにされるようになった。雄しべのこうした状態は二強雄蕊ゆうずい(didynamous stamens)と呼ばれ、この種の雄しべを有することもシソ科の大きな特徴に加えられた。

おそらく1900年代までヨーロッパや北アメリカの植物相の中でシソ科に属する植物は上記の特徴によって比較的容易に認知することができたし、日本でもその認知に大きな問題はなかったといえる。

ところが熱帯圏や南アメリカなどの植物相が詳しく研究されるようになると、従来クマツヅラ科に分類されていた植物の一部がシソ科に外見上も近似していることが指摘されるようになった。シソ科には草本の種が多く、クマツヅラ科には木本になる種が多かったが、草本の種も多数あることがわかってきた。

研究の進展とともに、この2つの科の区別は容易でないことが明らかになってきた。シソ科とクマツヅラ科の区分は分類体系の上でも大きな課題となり、結局のところ形のうえでの両者の相異点は、唯一クマツヅラ科の植物はシソ科のそれのように子房は4つに分裂することなく、花柱は子房の頂につくという点であると結論づけられるようになった。

最近の分類体系では、これまでクマツヅラ科に分類されてきたムラサキシキブ(Callicarpa)属やクサギ属(Clerodendrum)、ハマゴウ属(Vitex)など、55属約750種がシソ科に分類されることになった。残された35属1,150種が、新しいクマツヅラ科を構成する種属ということになる。所属する科が変更になることは従来にもなかったわけではないが、このクマツヅラ科からシソ科への大量の種属の移動は、主に分類学の新しい解析手法である分子レベルでの血縁性関係の疎遠分析によって生じたたものである。

シソ科のハーブを属別に紹介

前回の「シソ科のハーブといえばまずはシソ科か?」で解説したMentha(ハッカ属)に続き、ハーブとして利用されるシソ科植物を属別に一覧していくことにする。なお、*印を付したのは日本にも分布する属である。

Aeollanthus(エオランツス属)

熱帯アフリカで自生する野生種であるAeollanthus heliotropoides Oliv.やAeollanthus pubescens Benth.などの葉や花がスープの薬味あるいは香りづけに利用される。

Agastache(カワミドリ属)

*Agastache foenicum(Pursh)Kuntzeの葉がアニス・ヒソップまたはアニス・ミントなどと呼ばれ、ケーキやスィーツなどに用いられる。

Ajuga(キランソウ属)

*Ajuga reptans L.(セイヨウキランソウ)などをbugle(この語には軍隊ラッパとかビースなどの意味もある)といい、スープなどの香りづけに用いる。日本にはキランソウ(ジゴクノカマノフタ)、カイジンドウ、ジュウニヒトエ、ニシキゴロモなど、本属の10数種が野生するが、日本産種はハーブには利用されていない。

Anisochilus(アニソチルス属)

18の野生種が東南アジアにあり、そのうちAnisochilus siamensis Ridl.など数種が葉を香料に用いる。

Basilicum(バジリクム属)

本属はただBasilicum polystachyon(L.)Moenchのみからなる。African curry powder(アフリカン・カレー・パウダー)の英名でスパイスとして利用される。

Betonica(ベトニカ属)

英名をbetony(ベトニー)と呼び、1種Betonica officinalis L.がヨーロッパや西アジアでまれにスパイスに利用される。

Calamintha(カラミンタ属)Calamintha grandiflora(L.)

Moench、Calamintha menthifolia Host、Calamintha nepeta(L.)Saviなど10数種がスパイスとしてヨーロッパ、西アジアなどで利用される。最近の分類体系ではカラミンタ属はトウバナ属(Clinopodium)に合一される傾向にある。

Cedronella(カナリーバーム属)

Canary balm(カナリーバーム)などの英名で知られるCedronella canariensis(L.)Webb.&Berth.のみがこの属に含まれる。カナリー諸島、マデイラ、アゾーレスなどで葉をスパイスに用いている。

Clinopodium(トウバナ属)

*日本にはトウバナ、クルマバナなど10数の野生種を産する。ヨーロッパや西アジアではClinopodium vulgare L.の葉を香りづけに利用する。Clinopodium acinos(L.)Kuntzeはbasil thyme(バシル・タイム)の英名があり、Acinos arvensis L.の学名でも知られる。Clinopodium menthifolium(Host)StaceはWood calamint(ウッド・カラミント)の英名をもち、薬用あるいは料理用ハーブに利用する。カラミンタ属で記述した種は、最近の分類体系ではトウバナ属に分類される傾向にある。

Cunila(アメリカハナハッカ属)

北アメリカ東部からウルグアイにかけて分布し、15種が知られている。Cunila origanoides(L.)Brittonアメリカハナハッカ(新称、英名American dittany)は料理用のハーブとして利用される。

Dicerandra(フロリダミント属)

Dicerandra christmannii Huck&JuddやDicerandra frutescens Benth.など数種の葉がエッセンシャル・オイルの生産に用いられている。

Dorystoechas(トルコラベンダー属)

Dorystaechasとも綴られるが、Dorystoechasが正名である。単型属で西南トルコにDorystoechas hastata Boiss.&Heldr.ex Benth.のみがあり、Turkish lavenderの英名で知られる。芳香がありエッセンシャル・オイルの製造に用いられる。

Dracocephalum(ムシャリンドウ属)

*およそ70種が含まれるが、日本には1種、ムシャリンドウのみが自生する。モルダビアのバームを意味するMoldavianbalmあるいは龍頭を意味するdragon’sheadの英名をもつDracocephalum moldavia L.の全草または葉がスパイスや飲料の香りづけなどに利用される。モルダビアン・バームは東ヨーロッパから極東や中国にかけて分布する。

Elsholtzia(ナギナタコウジュ属)

*およそ40種が旧世界に産し、そのうち日本にはナギナタコウジュとフトボノナギナタコウジュの2種がある。ナギナタコウジュElsholtzia ciliata(Thunb.)Hyl.は英名をcommon elsholtzia(コモン・エルショルツィア)あるいはVietnamese balm(ベトナミーズ・バーム)といい、特に魚料理用のスパイスとして利用する。Elsholtzia stauntonii Benth.は、ミント・ブッシュ(mint bush)またはミント・シュラブ(mint shrub)の英名で知られ、主に中国で葉を料理用のスパイスとして利用する。

Endostemon(エンドステモン属)

この属はアフリカに分布する19種があり、そのうちの1種で、西アフリカに産する角張らない茎をもつEndostemon tereticaulis(Poir.)M.Ashbyの全草を調味料や香りづけに使う。(以下、次号)

東京大学名誉教授 東京大学総合研究博物館特招研究員
大場秀章 おおば・ひであき
当協会顧問。1943年東京生まれ。東京大学総合研究博物館教授。現在は東京大学名誉教授、同大学総合研究博物館特招研究員。専門は植物分類学、植物文化史。主な著書に『バラの誕生─技術文化の高貴なる結合─』(中央公論社、1997年)、『サラダ野菜の自然史』(新潮社、2004年)、『大場秀章著作選集I,II』(八坂書房、2006・07年)など。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第41号 2017年9月