カニクサとイワヒバ
1.カニクサ (Lygodium japonicum(Thumb.)Sw.)
カニクサは、シダ類では珍しい巻きつく形の蔓植物で、別名「ツルシノブ」といわれている。民間薬としては、江戸時代の本草書に胞子が海金沙と記載されている。
シダ類で最も長い葉のシダである。長くのぼる蔓は、1枚の葉で、茎は地下茎、先端から一枚の葉をつける。葉が蔓状に伸び、長いものは3mほどになる。中軸は細くて硬い。栄養葉の羽片は長さ1.5~3.5cmの羽柄があり、羽片は長さ6~15cm、幅5.5~15cmの三角形~披針形、2~3回羽状浅裂~深裂し、裂片の幅は変化が多く、頂裂片は長い。胞子葉の羽片は長さ1~2cmの羽柄がつき、長さ5~18cm、幅4~14cmの披針状三角形、2~3回羽状深裂し、胞子嚢群をつける裂片は小さく、小さい裂片の全面に胞子嚢がつく。葉全体の裂片が小さくなり、胞子嚢がつく場合と、葉の一部が小さく分裂してソーラスがつく場合がある。和名の由来はこの蔓で、蟹を釣ったことによる説と葉の形がカニの形に似ている説もある。
分布は本州(福島以南)、四国、九州、沖縄、朝鮮半島、中国、台湾、東南アジア、インド、スリランカ、オーストラリア、北アメリカ(侵入植物)である。温暖地では夏は緑で冬は枯れるが、熱帯では常緑である。同属のものは熱帯を中心に約40種が知られる。日本にはイリオモテシャミセンヅル(Lygodium microphyllum(Cav.)R.Br.)が八重山諸島に産する。日当たりのよい林縁などに見られ、高さは数mになる。小羽片が三角を帯びた楕円形で、先端が丸い。また、葉の質がより厚くて硬く、光沢があってなかなか美しい。
「海金沙」は中国の古い本草書『神農本草経』、『新修本草』には見られず、『嘉祐本草』(1059成書、掌禹錫)に初めて記載されたようである。
日本の本草学に大きな影響を与えた明の李時珍の『本草綱目』(1596)には、「海金沙」の名で、解熱や利尿や結石除去の薬効が記載されている。全草、胞子嚢や胞子、または根茎や根を、消炎解毒、肺炎、急性胃腸炎、黄疸などに用い、その若葉は食用にされる。薬理作用は利尿作用、鎮痛作用、解毒作用、消炎作用など。胞子には脂肪油、リゴジン、葉にはフラボノイドが含まれる。
カニクサの胞子を海金沙と記載している日本の本草書には、『本草綱目』和刻版(1637)、『大和本草』、『用薬須知』、『本草図譜』、『本草綱目啓蒙』などがある。貝原益軒は『本草綱目品目』(1680頃)で、「海金沙はイトカツラ、タタキクサ、カナヅル、カニクサ」と記している。稲生若水の『本草綱目』校正版(1714)では、「海金沙」の和名は「カニクサ」とされている。貝原益軒の『大和本草』(1709)は、「海金沙は、カニクサを7月に採集して、乾燥して、金砂を作る。この品質は、中国産のものと同じ良質である。カニクサから秋に収穫された胞子の、海金沙は唐ものに劣らない」としている。多くの地方名があることから、広く民間に親しまれていたと思われる。
松岡恕庵の『用薬須知後編』(1759刊行)には「和名はスナクサ、カニクサ、サミセンクサ、リンキヤウクサ、ツルシノブである。この葉の先端を乾燥し紙上で撃ち落とした黄点を薬用にする」。小野蘭山の『本草綱目啓蒙』(1803-1806)には、「海金沙にはスナグサ、カニグサ、カンヅル、カニヅル、カナヅル、イトカヅラ、タヽキグサ、ハナカヅラ、サミセンカヅラ、ツルシノブ、サミセンヅル、リンキヤウグサ、カニコグサ」と多くの地方名がある。
2.イワヒバ (Selaginella tamariscina(Beauv.)Spring)
イワヒバの全草は巻柏と称し、平安時代から薬用にされていた。カニクサの葉がシダ類で最も長いのに対して、イワヒバの葉は最も小さい。
イワヒバの葉は鱗片状で、背葉(dorsal leaves)と腹葉(ventral leaves)の2形ある。枝先に四角柱状の胞子嚢穂(strobili)をつける。胞子嚢穂には胞子葉が多数あり、胞子葉に胞子嚢が1個ずつつく。胞子嚢には2種あり、胞子が異なる異形胞子(heterosporous)である。大胞子嚢は4個の大胞子(megaspores)をもち、小胞子嚢は多数の小胞子(microspores)をもつ。大胞子から雌性の前葉体、小胞子から雄性の前葉体が生じる。前葉体は内生型であり胞子の中で成熟する。岩場に着生し、高さ10~20cm、常緑で、松の盆栽のような形態をしている。外見上は幹の先端に葉を輪生状に出したように見える。この幹は実際には根や担根体が絡み合ったもので仮幹といわれる。仮幹は高さが20cmに達することもあり、分枝をするものもある。仮幹から多数の枝を輪生し、枝分かれし鱗片状の葉を密生する。枝の基部から根のような担根体を出す。分布は、北海道、本州、四国、九州、沖縄、朝鮮、中国、台湾、ロシア、インド、タイ、フィリピンである。
日本でのイワヒバの記録は、『本草和名』(918、深江輔仁)に巻柏がある。この和名は、「伊波久美、一名以波古介」である。『倭名類聚抄』(934、源順)に巻柏は、「伊波久美、一云伊波古介」である。『本草綱目啓蒙』(1803-1806、小野蘭山)に、巻柏は「イハクミ、イハゴケ、イハヒバ、イハマツ、コケマツ、テングノモトゞリ、クサヒバ」と記載されている。江戸時代後期には園芸植物としても広く普及し、多くの地方名がある。和名の由来はヒノキの葉に似ていることからである。園芸種として人気があり、斑入りのものなど園芸品種も多い。
イワヒバ類は3億5千万年前のデボン紀に出現して石炭紀に栄えた鱗木の類で、異形胞子を形成し、最大では直径2m、高さ38mにもなった。葉のついていた痕である鱗模様が幹の表面に斜めに並んでいることから鱗木と名づけられている。現生のイワヒバやミズニラはリンボク類の子孫になり小型化している。
胞子が異形胞子で、雌雄の違いがある。これが種子植物の起源であると、遺伝的な解明が行われている。中国では、イワヒバの全草を巻柏(『神農本草経上品』)と称し、強壮、活血薬として用いた。薬効は収斂剤、止血作用がある。
初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第41号 2017年9月