育毛・薄毛対策と植物抽出液
はじめに
鏡の前でヘアスタイルを整えるとき、気になるのは加齢とともに増す薄毛や抜け毛です。その悩みに応えるため、さまざまな主剤を配合した商品が販売されています。
文化十年(1813)初版の『都風俗化粧伝』の髪之部の中に「髪はえ薬の伝」。この法、玄洞真人(仙人のこと)鬒生散と名づく。よく髪を生ず。奇妙の神薬也。と書かれており、そこには梹榔子、桂心、何首烏、硫黄、甘草が記されています。ここに書かれている薬用植物の中には、長い年月をかけて得られた臨床データを基に取捨選択され、今日まで伝承されているものもあります。現在は、毛髪のヘアサイクルや症状の原因とメカニズムから、効率的に効果的な薬剤が開発されています。
毛の構造と毛周期(ヘアサイクル)
表皮が真皮に向かって伸びた細長い窪みを毛包といいます。毛はその中から生えています。毛包ができる過程で3つの隆起ができます。毛包の下部に毛球部、下部から上方に向かってバルジ(bulge)または毛隆起、脂腺原基です。脂腺原基は皮脂腺になります。立毛筋の付着した部位にバルジが存在し、毛包上皮幹細胞が局在しています。この幹細胞は、外毛根鞘を作りながら真皮のほうに移動し、毛球部の毛母細胞になります。毛球部の下方は電球のような形で真皮が入り込み、そこには毛細血管や神経がきて毛の栄養や発育を担う毛乳頭と呼ばれる部分があります。毛はここで作られます。毛は皮膚の表面から出ている部分を毛幹と呼び、毛包内の部分を毛根と呼びます。
毛は、成長期、退行期、休止期という毛周期を繰り返します。頭髪の毛周期は2~6年で、退行期は2~3週、休止期は3~4ヵ月です。毛包それぞれが異なる毛周期を繰り返すので毛が一度になくなることはありません。成長期の毛包は真皮方向に伸びていきますが、退行期の毛包は収縮して毛乳頭が上方に移動していきます。そして、しばらく休止期に入ります。毛包とバルジの距離は非常に近くなります。そこで、バルジが毛乳頭から何らかの影響を受けて活性化し、バルジが増殖期に入ることで毛周期が成長期に入っていくと考えられています。毛周期により変動するバルジ以下の部分を可変部といい、変動のないバルジ上部を恒常部といいます。
毛周期が順調であれば現状の頭髪状態が維持されますが、乱れると軟毛や脱毛を生じます。
男性の脱毛と女性の脱毛
脱毛には生理的脱毛と病的脱毛があり、生理的脱毛とは、毛周期の休止期に起こる脱毛のことです。1日に平均して100本前後の脱毛であれば正常範囲です。
病的脱毛はさまざまな皮膚疾患に伴うものと、瘢痕や皮膚病を伴わない脱毛があります。
男性の脱毛は、比較的若い頃からの発症割合が多く、男性型脱毛症と呼ばれています。男性ホルモンの関与と遺伝的素因により、前頭や頭頂に特徴的な型で脱毛が進みます。これは何らかの原因によって毛周期が繰り返されるうちに成長期が短くなり、休止期が長くなることで硬毛が軟毛になる現象です。毛包は小さくなるだけで消失しないので、ミニチュア化が起こっているのです。毛髪の短縮化や皮膚から出てこないなどが生じます。
女性でも男性ホルモンは作られ、男性型脱毛症が起こります。しかし、女性の脱毛は男性と異なり、脱毛斑が生じるものではなく、頭頂の部分が薄くまばらになる瀰漫性のものです。
原因と育毛・薄毛に用いられる植物抽出物
男性型脱毛症の原因とその対応に用いられる植物抽出物を紹介します。遺伝やストレスなどの薬剤対応の難しいものは割愛させていただきました。
男性ホルモンの関与
男性ホルモン(テストステロン)が細胞内で酵素(5αリダクターゼ)によりジヒドロステロンとなり、生理作用を起こして脱毛につながります。抗男性ホルモンとして働く植物抽出物にはβ-グリチルレチン酸(甘草)、ジオウエキス、ツバキ花エキス、ユーカリエキスが紹介されています。
毛乳頭の血行不良
血管密度の減少や皮膚血流量の低下などに伴う栄養不良、酸素の供給不良、老廃物排出不良が脱毛の一因となります。セファランチン、センブリエキス、トウガラシチンキ、ボタンピエキスが紹介されています。
- 皮脂腺機能の過剰亢進
皮脂の過剰な増加が頭皮に過酸化脂質や細菌、ふけ、かゆみを発生させ、毛包周辺の状態を悪化させます。ワレモコウエキス、オトギリソウエキス、チョウジエキス、ハマメリスエキス、メリッサエキスが紹介されています。 - 毛母細胞の機能低下
血液循環の不良により毛母細胞の働きが低下し、硬毛から軟毛への変化が促進されます。毛乳頭の賦活も含めて、シンホンギニシン、カモミラエキスが紹介されています。 - 頭皮の緊張
頭頂部の頭皮は側頭部より緊張しているので脱毛しやすいとされており、原因のひとつになっています。頭頂部の頭皮は側頭部に比較して物理的緊張により硬くなっているので、柔軟にすることを目的に保湿作用のある植物抽出液を紹介します。パセリエキス、ヘチマエキス、アケビエキス、バクモンドウエキス、コメヌカエキスがあります。
(植物抽出物は、一丸ファルコス(株)、香栄興業(株)、日油(株)、日光ケミカルズ(株)より抜粋)
*男性と女性の脱毛のメカニズムは異なるので、育毛剤を選ぶときは能書をよく見て自分の症状に合ったものを選ぶことが大事です。
(参考文献)
- 佐山半七丸 他,『都風俗化粧伝』平凡社、1997年。
- 安田利顕・漆畑修『美容のヒフ科学』(改訂9版),南山堂、2012年。
- 板見智,宮地良樹『毛の悩みに応える皮膚科診療』南山堂、2006年。
- Visual Dermatology, Vol.12, No.6, 秀潤社、2013年。
- 『細胞工学』 Vol.32, No.10,秀潤社、2013年。
- 『新化粧品ハンドブック』日光ケミカルズとそのグループ, 2006年。
初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第41号 2017年9月