【北の植物】ウド(独活)とヒダカイワザクラ(日高岩桜)
北海道医療大学には薬用植物園に隣接した15.3ha(札幌ドーム3個分ほど)の北方系生態観察園があります。そこは、20年前までは笹(クマイザサ)が繁茂するだけの誰にも省みられない荒れ放題の森でしたが、20年間剪定バサミだけで笹を駆除し続けた結果、さまざまな植物たちが地上に現れ花が咲き乱れる、今では年間4,000人ほどが訪れる里山として知られるようになりました(『植物エネルギー北海道医療大学の森』堀田清、野口由香里、(株)植物エネルギー)。
私は、四季を通してほぼ毎日森へ出かけ、植物たちの様子を調べ、記録に残すために、園内のすべての植物たちの芽出しから枯れるまでを写真に撮り続けています。今回は、北海道医療大学の森に増え続けているウドの芽出しから次世代の子孫を残すまでの写真と効能効果、そしてヒダカイワザクラについて紹介します。
ウド(独活)Aralia cordata(ウコギ科)
ウド(独活)は、日本人の多くに知られ愛されている山菜のひとつでしょう。多くのウド好きが春の山にこぞって入り込み、その若い姿を見つけると根っこから掘り起こして胃袋に収めてしまうわけですが、そんな憂き目に遭わずに済んだウドは、夏になると人間の背丈よりも大きく成長し、とてもステキな花を咲かせるのです。遠くから見ると白い鞠が連なって咲く様子はまるで線香花火のようで、見るだけで涼しくなります。ところで、ウドが、歴としたとても重要な薬用植物であることを知っている人はそれほど多くはないのではないでしょうか(『中薬大辞典』小学館)。
中国最古の薬草書、『神農本草経』の上薬「養命薬(生命を養う目的の薬)で、無毒で長期服用が可能。身体軽くし、元気を益し、不老長寿の作用がある。」にも収載されている由緒正しい立派な薬草です。
薬用部分は根茎、つまり酢味噌和えにして食べる白い部分のことです。ですから、酢味噌和えを食べる=漢方薬を食べている!ということになります。
重要な薬効は、風邪を除き血の巡りを改善する。それと、袪風湿(風邪と湿邪を取り除く)です。一言でいえば、体の中に溜まった余分な湿気を取り去るということです。胃腸に元気がないことにより、体内に余分な水分が貯留することによって起こる冷え性には効果的ですから、多くの日本人に最も適している山菜=薬草といえるかもしれません。
また、ウドは根茎以外のすべてを食することができますが、私のお勧めは茎。表面のとげ部分を取り去った瑞々しい茎を割いて、新タマネギ、サクラエビかホタテの貝柱と合わせ、かき揚げにしておいしい塩をかけて食べると、香り良し、味良しの絶品料理になります。
また、ウドの葉は新葉から枯れるまで、その多くは虫に食われずに無傷のまま紅葉し大地の土に還っていきますので、まだ研究者に見つかっていないステキな成分が含まれているのだと私は思っています。実際に茎葉を5cmほどに刻み陰干しにしたものを浴湯剤として用いると肩こりなどに効果があるとされています(『牧野和漢薬草図鑑』北隆館)から、試してみる価値はあると思います。
ヒダカイワザクラ(日高岩桜) Primura hidakana(サクラソウ科)
北海道の5月上旬、長い冬の間地面の下で春を待ちわびていた植物たちが一斉に地上に現れます。私の大好きなカタクリをはじめとするスプリング・エフェメラルたちが、文字通り春の妖精のように彩り鮮やかな花を咲かせ、大地は喜びに満ちあふれます。今回は、北海道限定、かつ絶滅危惧種に指定されている大変貴重な植物、ヒダカイワザクラ(日高岩桜)を紹介しましょう。
ヒダカイワザクラは、少なくとも20万年前にはその存在が確認されており、人類の進化を見守りながら生き続けてきた植物の1種です。
Hidakana(ヒダカーナ)。その学名の通り日高山脈の固有種であり、自生地の多くは高山帯の岩場。私とヒダカイワザクラの初めての出会いは、5月下旬頃、北海道でも有数の高山植物の宝庫として知られるアポイ岳稜線の8合目付近の岩場でした。雨風をさえぎるような樹木など1本もない切り立った岩壁のわずかな隙間で懸命に咲く様子を見て、ここでずっとその命を紡ぎ続けてきたのかと思うと、私の心の中に熱い生きるエネルギーが湧き上がってきました。
ところで、私はここ10年ほどずっと、日高山脈の麓を流れる清流沿いの林道の調査を続けてきました。もしかして高山の岩場で咲くヒダカイワザクラの種がこぼれて、融雪期に大量の水と一緒に麓まで流れてくるとしたら、平地でもヒダカイワザクラに会えるのではないかと考えたのです。予想通り見つけました!アポイ岳と同じような岩壁が一面ピンク色に染まっています!
5月上旬の温かい春風を頬に感じながら、誰もいない林道の道端、渓流が奏でる水音の中で、ヒダカイワザクラたちに囲まれて写真を撮るうちに、地球レベルでの感動という名の勇気と元気が五官を通して沁み込んできました。さらに、咲いたばかりのお花に近寄って、5枚の花弁のひとつひとつをよーく見ると…、なんとピンク色のハート印!太古の昔から紡いできた地球の愛そのものだと思いました!
ただ、ヒダカイワザクラがあふれるほど咲いているその場所は、当然ヒグマさんの棲家でもあります。ヒグマはアイヌ民族にとっては神様でしたから、神様に守られて生き続けてきた植物のひとつといっても過言ではないかもしれませんね。道端に無数の感動が転がっている北海道の大地は本当にステキですばらしい!
初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第41号 2017年9月