2017.6.1

レモンバームの植物学と栽培、人との関わり

博士(農学)

木村正典

名称・近縁種

レモンバーム(lemonbalm)は、シソ科(Lamiaceae、旧Labiatae)Melissa属で、学名はMelissa officinalis L.です。学名には、M. altissima Sm.やM. cordifolia Pers、M. foliosa Opiz ex Rchb.、M. graveolens Host、M. hirsuta Hornem.、M. romana Mill.のほかThymus Melissa E. H. L. Krauseなど他属とするシノニムもあります。

属名のMelissa(メリスサ(メリッサ))は、「ミツバチ」を意味する古代ギリシャ語の「Melissa」を語源とし、蜜源植物であることに由来します。種小名のofficinalis(オフフィキナリス(オッフィキナリス)は、ラテン語で「薬用(薬効)の」を意味します。

和名は香水薄荷こうすいはっかまたは西洋山薄荷せいようやまはっかで、ミントに似ていることに由来します。

英名はlemon balmですが、英国では一般にbalmというほか、属名からMelissaやbalm gentle, balm mint, blue balm, common balm, English balm,garden balm,sweet balm,sweet Mary, sweet Melissa, cure-all, honey plant, life’s elixirなどといいます。bee balmと呼ばれることもありますが、bee balmは一般にMonarda didyma L.(タイマツバナ)などのモナルダ属植物を指すので注意が必要です。balmはbalsam(バルサム)同様、「芳香のある樹脂」を意味するラテン語のbalsamumに由来します。

近縁種

メリッサ属にはレモンバームを含めて4種1亜種が The Plant Listに掲載されています。このうち、M. axillaris(Benth.)Bakh.f.は中国、台湾、ヒマラヤ、東南アジアに分布し、中国では滇荊芥テンケイガイあるいは蜜蜂花ミツホウカといい、その全草を中薬では鼻血草ビケツソウあるいは紅活美コウカツビといいます。煎じて内服するか塗布、煎液で洗うことで、リウマチによるしびれ、ハンセン氏病、吐血、鼻出血、皮膚のかゆみ、瘡疹などを治すとしています。中国以外でもレモンバームのように用いられ、精油含有率は0.2%で、ゲラニオールを21%、シトラールを13%、d-リモネンを13%、1,8-シネオールを8%含有するという報告もあります。

M. flava Benth.は中国では黄蜜蜂花オウミツホウカといい、チベット、ヒマラヤに分布し、草丈2.5mと大型でがくは青紫、花冠は帯黄白色です。

M. yunnanensis C.Y.Wu&Y.C.Huangは中国では雲南蜜蜂花ウンナンミツホウカといい、雲南省からチベット、ヒマラヤに分布し、草丈は1m、花冠は帯黄白色です。

The Plant Listで唯一の亜種とされるM. officinalis subsp. inodora Bornm.はトルコのアナトリア(小アジア)に分布し、この地域の伝統医療に用いられてきました。精油の主成分はβ-クベベン、β-カリオフィレン、α-カジノール、ゲラニアール、ネラールです。

The Plant Listではレモンバームのシノニムで同一種として扱われているM. officinalis subsp. altissima (Sm.) Arcang.はトルコ〜ギリシャ原産で、草丈70〜80cmであり、精油含有率は0.05〜0.12%、精油成分はカリオフィレンオキシドが15〜45%と報告によって幅があるほか、ゲルマクレンDが35〜52%とする報告やβ-クベベン、テルピノレン、γ-3-カレン、テルピネン、β-カリオフィレン、ムウロロールが得られたとする報告があります。

園芸品種

レモンバームには、黄金色の葉の’AllGold’や、斑入り品種である ‘Aurea’ や ‘Variegata’ 、精油含量が0.4%と高い ‘Citronella’ 、0.3%の ‘Lorelei’ 、0.2%で耐寒性も高い ‘Quedlinburger Niederliegende’ などの園芸品種がありますが日本では普及していません。

レモンバームの未展開葉の背軸面(裏面)に見られる腺毛(矢印は主な腺毛)。筋のように見えるのは葉脈

形態

草丈は40cm程度から、ときに120cmにも達します。

草本でよく分枝し、茎はシソ科特有の4稜で断面は四角形となり、葉はシソ科共通の対生で、長さ約8cmの広卵形を呈し、軟毛が多く、周囲に鋸歯があります。花は、輪散花序を葉腋に着生し、上下に2唇に分かれた唇形の白色の花冠と釣鐘形の萼からなり、2つが2対になった4つの雄しべを有し、初夏~夏に開花します。シソ科特有の痩果(利用上は種子と呼ぶ)は黒色で1〜2mmです。

精油は腺毛に存在し、腺毛は葉の背軸面(裏面)に多く、特に若い葉に密生しているので、若い葉を利用すると強い香りを得られます。レモンバームの腺毛はほかのハーブに比べて小さくて低密度であり、このことが精油含有率の低さにつながっていると考えられます。

栽培と精油

南ヨーロッパ原産の多年草で、耐寒性に優れ、氷点下30°Cまで耐え、冬期、地上部が冬枯れしても、翌春には芽吹きます。

繁殖は、種子か挿し木、株分けで行い、いずれも春が適期です。播種する場合、発芽適温は20~25°Cで、発芽まで5~7日を要します。こぼれ種で実生でも殖えます。挿し木をする場合、無肥料の赤玉土を用い、挿し穂には、節間が詰まっている茎を10cm程度に切って用い、葉はそれぞれ1/3~1/4程度になるように切ります。発根するまでは、直射日光や風を避けて蒸散を抑えるようにし、水が溜まらないようにしながら毎日灌水します。1ヵ月くらい経って十分に根が出たら、肥料の入った土に植え替えます。株分けをする場合、地下茎が出ませんので、大株になったもので行います。下枝に土をかけて発根させてから切り分けてもよいでしょう。

窒素肥料が切れると葉が黄ばんできます。毎年、春先に完熟牛糞堆肥や油かすなどのタンパク質の多い有機質肥料を株から離してドーナツ状に施しましょう。

病害虫で最近、特に深刻な被害をもたらせているのがヨコバイです。葉がかすり状の小斑点によって白くなります。食害された葉をとって防虫ネットをかけるなどしましょう。また、乾燥するとダニがつきやすいので、葉の裏に水をかけるなどしましょう。

精油

レモンバームの精油含有率については、地上部全体で0.06〜0.17%に対し葉だけで0.08〜0.25%、地上部全体で0.14%に対し先端部1/3の葉で0.39%などの報告があり、若い葉で高いことがわかります。また、1回目の葉の収穫で0.06〜0.16%に対し2回目で0.09〜0.45%、同じく1回目0.13%に対して2回目0.23〜0.27%などの報告があり、一度刈り取った後の2回目の収穫で高いことがわかります。

精油の主成分については、シトロネラール39%、シトラール33%とする報告のほか、シトラール48%、シトロネラール39%とする報告、シトラール48~60%とする報告、ゲラニオール33~54%とする報告などがあります。生育段階や収穫期、光、温度、肥料、灌水量などの栽培環境によって精油含量や精油成分組成が大きく変わるという実験結果が多く見られることや、ケモタイプについて明らかにした報告の見られないことから、精油成分の違いは環境要因に依存すると考えられます。

精油含量を高めるには、十分に光に当て、窒素を適量施して光合成を盛んにし、こまめに収穫して新芽をたくさん出させるようにします。精油含有率が最も高いのは開花初期です。

人との関わりの歴史

メリッサの名はギリシャ神話に登場します。最高神ゼウスの父クロノスは子どもに権力を奪われることを恐れて次々と子どもを飲み込んでいましたが、難を逃れたゼウスは、クレタ島で、ニンフであるメリッサと姉のアマルテイア(別名:アドラステイア、アダマンテア、イデ;ときどきヤギとして描かれる)によって、蜂蜜とヤギの乳で密かに育てられます。しかしそのことがクロノスに知られ、メリッサはミミズに変えられてしまいます。その後、ゼウスは、メリッサを哀れんで美しいミツバチに変えたとされています。

レモンバームは地中海沿岸では2000年前から蜜源植物として利用されています。

テオフラストス(B.C.373−287)はレモンバームの薬効に触れていません。プリニウス(23−79)はミツバチが好むとしています。ディオスコリデス(40−90)は有毒動物に噛まれたときや月経促進、痛風、歯痛などに用いるとしています。イブン・シーナー(980−1037)は、心を陽気にうれしくさせるとしています。

レモンバームの人との歴史で避けて通れないのが、レモンバームを主成分にアルコール抽出されたカルメル水(メリッサスピリット、オー・ドゥ・メリッセ・デ・カルメ)です。1379年にカルメル会の修道女によって作られ、その後、1611年からはカルメル修道会によって万能薬として商品化され、現在でもスイスのドゥヴリエのカルメル修道会の修道院で作られています。オリジナルレシピは公開されていませんが、レモンバームのほか、アンゼリカなど14のハーブと9のスパイスからなるといわれています。

パラケルスス(1493−1541)はThe elixir of life(生命の万能薬)と呼んで、不老不死の若返りの薬として利用していました。ジェラード(1545−1611/12)は有毒動物に噛まれたときに有効で、心臓によく、憂鬱や不安を取り去るとしています。カルペパー(1616−1654)は、月経促進、歯痛・痛風緩和、心臓、肝臓、脾臓に有益で、有毒動物に噛まれたときの治療に用い、胃や心臓によく、不安を取り除くとし、さらに、アラビア人医師はレモンバームを誉め讃え、ギリシャ人医師は価値がないと思っているとしています。

現代では抗アレルギーや抗菌、抗ウイルス、抗酸化、抗うつ、認知症予防、記憶力向上などで注目されています。精油は大変高価ですが、多くの人が栽培を楽しんでいます。どんどん利用したいハーブです。

博士(農学)
木村正典 きむら・まさのり
ジャパンハーブソサエティー専務理事。 ハーブの栽培や精油分泌組織の観察に長く携わるとともに、園芸の役 割について研究。著書に『二十四節気の暮らしを味わう日本の伝統野 菜』(GB)、『カルペパー ハーブ事典』(監修)(パンローリング)、『ハ ーブの教科書』(草土出版)、『有機栽培もOK! プランター菜園のすべ て』(NHK 出版)など。

初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第40号 2017年6月