オキナグサとウスユキクチナシグサ
薬用植物の中の絶滅危惧種に、白頭翁といわれる植物が2種類ある。
ひとつは国内の草原に広く生えていたオキナグサで、草原が減少したためか都市周辺では絶滅した地域もある。
もうひとつは、国内では天草だけに見られるウスユキクチナシグサである。この2種について述べる。
オキナグサ
オキナグサを最初に見たのは、狭山湖の堰堤であった。陽だまりに釣鐘状の花が一輪咲いていた。ほかの場所を探しても、この1株しか見られなかった。次に見たのは、菅平の草原で、一面に白い毛のある種子をつけた株であった。その後、岩手の平庭高原で、ハマナスの株の周りに見かけた。オキナグサは江戸時代から薬園で栽培されてきた。
①オキナグサの特徴
オキナグサ(Pulsatilla cernua)は、キンポウゲ科オキナグサ属の多年生草本で、全体に長い絹毛があり、根茎は肥厚し、頂端に葉を叢生する。根出葉は有柄、2回羽状複葉、広卵形、長さ6~10cm、革質、上面は後に無毛になる。花茎は高さ10~40cmで、花梗は花後伸長する。花は点頭、筒状鐘形、長さ2~3cm。萼片は6個、外面に白絹毛を密生し、内面は無毛にして、暗赤紫色。痩果は狭卵形で、長さ3mm、白絹毛を生じ、花柱は花後伸長して白色、羽状にして、長さ約4cmである。この種子の毛が翁を連想させる。
分布は、本州、四国、九州、アジアでは、朝鮮、中国の暖帯から温帯である。
日本では園芸目的の採集などによって個体数が激減しており、絶滅危惧種II類に分類されている。
②白頭翁とオキナグサ
中国では後漢の時代の『神農本草経』に白頭翁が薬草として記載されている。この白頭翁はヒロハオキナグサ(Pulsatilla chinensis)で、オキナグサより花が大きく、葉はやや広い植物である。白頭翁の名前は、中国から奈良時代に伝えられ、類似したオキナグサをこれに代用していたようである。
オキナグサの名前は『出雲国風土記』(733年)に「白頭公」として記載され、続いて、『延喜式』(927年編纂開始)の朝廷への献上品目録に「白頭公」が見られる。また、関東から四国まで多くの地方から貢物として献上すべき生薬のひとつとして、白頭公が指定されていた。深根輔仁撰『本草和名』(923年)や丹波康頼撰『医心方』(984年)に於歧奈久佐(オキナグサ)の名前がある。
③薬用と成分
薬用としては、平安時代には国内で採集して「白頭翁」として使用されていた。しかし、いつの間にか中国からの輸入品に頼るようなり『大和本草』には、「白頭翁は今に識る者無し」と記されたが、『用薬須知』(松岡恕庵、1726年)にあるように、江戸時代中期以降には再びオキナグサの根を使うようになった。
『多識編』(林羅山、1612年)には白頭翁の和名に於歧奈久佐(オキナグサ)とあり、『大和本草』(貝原益軒、1709年)には、猫草又白頭翁(ヲキナグサ)の記載がある。『和漢三才図会』(寺島良安、1713年頃)には、白頭翁は於木奈久佐(ヲキナグサ)の記載と図解がある。
薬効は中国の白頭翁の消炎、収斂、止血、止瀉薬として熱性下痢、腹痛、鼻血、痔出血などが伝えられ、日本の民間薬では、根を乾燥させたものを喉や気管支の病気に用いる。腹痛、下痢に有効、瘀血による月経不順を改善、腰や膝の痛みを治す。痔が痛むときに、根をすり潰して塗る妙薬である。小児の白禿にも用いる。
成分は、トリテルペノイドのヘデラゲニン、アルカロイドのプロトアネモニンやアネモニンなどを含む。有毒のアルカロイドを含むので、内服は注意を要する。
オキナグサは白頭翁として、江戸時代の小石川御薬園、京都御薬園、駒場御薬園、熊本御薬園の目録に記載されている。真白頭翁の名前が駒場御薬園にあるので、これは中国から導入されたヒロハオキナグサと想像される。
ウスユキクチナシグサ
ウスユキクチナシグサ(Monochasma savatieri.)はゴマノハグサ科の植物で、中国大陸・福建省などに分布する。国内には、熊本県天草に自生状態で生えているが、中国から人為的に渡来したものではないかと思われる。
①ウスユキクチナシグサの特徴
草丈は、15~25cmで、半寄生の多年草植物、茎は斜上し、節間は短く、葉とともに白い綿毛が密生する。葉は対生し、線状長楕円形~倒披針形で、長さ5~25mm、幅1.5~4mm。花は葉腋ごとに1個つき、花冠は長い筒形で先は唇形になり、白色で淡紅色を帯び、長さ25mm。蒴果は卵形で尖り、長さ7mm。
②薬用と成分
生薬名は鹿茸草、異名に白頭翁がある。薬用には、去痰止咳、止血、抗癌を目的に用いられるようである。
ウスユキクチナシグサを見たのは、天草で発見されたフクレギクジャクシダ(Diplazium×kidoi)を見に行ったときで、北限の植物ヒロハネムノキ(Albizia mollis var. glabrior)と大陸の植物(ウスユキクチナシグサ)が分布している。
なぜウスユキクチナシグサが分布しているのか、過去の分布残存種か、導入種かは不明であるが、熊本御薬園には白頭翁の栽培の記録がある。不思議な植物である。この植物を試験管内で育ててみると、根茎から容易に増殖することがわかった。この性質は薬草のジオウと同じである。成分研究の結果、ジオウと同じイリドイドが含まれていたことから、薬草として再認識した次第である。
初出:特定非営利活動法人日本メディカルハーブ協会会報誌『 MEDICAL HERB』第43号 2018年3月